行く先は風まかせ
ナックル・ボーラーとかけて、国定忠治と解く。
その心は――。
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アメリカ独立リーグから入団のオファーを受けている『ナックル姫』吉田えり投手(18歳)が、米大リーグのボストン・レッドソックスのウェークフィールド投手(43歳)と対面し、直接指導を受けたという。同投手は通算189勝を記録している当代きってのナックル・ボールの遣い手、ナックル・ボーラーである。
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ナックル・ボールは『やくざな球』である。
投げた投手でさえ、何処に行くかわからない。
当事者さえ知らぬ、当ても果てしもねぇ旅に出るのだ。この魔球の遣い手は、『名月・赤城山』国定忠治の心境になるのではないか。
というわけで、上記の謎かけ、その心は「どちらも行く先は風まかせ」です。
ナックル・ボーラーは渡世人の生き様に似ている。
草球の独断的意見ですが……(ポリポリ=照れて頭を掻く)。
ナックル・ボールとは、投手が投じた回転のほとんどないボールが捕手に届くまでの間に不規則に変化する変化球である。その変化は、右へ左へ斜めに横にひらひらと舞う、蕩(たゆた)うなどと表現される。投手も予測不可能で、「バットの芯に当てにくい」打者を惑わせる魔性が潜むボールなのだ。そのあたりが魔球のなかの魔球と言われる所以だろう。
その魔性を生むメカニズムは、ボールの縫い目にある。ゆっくりと回転しながら縫い目の位置が変わるナックル・ボールはボールの表面を覆う空気の流れが縫い目により乱れる。縫い目の位置が変われば、空気の乱れる場所も変わるので、ボールが変化する方向も変わる。回転数が少ないほど、空気の影響を受けて、揺れ幅が大きくなる。
空気――風向き、風速そして湿度で変化する。
野球ボール(硬球)はコルクやゴムの芯に糸を巻き付け、牛革で覆い縫い合わせる。公認野球規則では、重さ141.7~148.8グラム、円周22.9~23.5センチと定められている。縫い目は赤い糸が使われている。一般に日本製とくらべ、米国製のボールは表面がすべすべしていて、重く大きく縫い目が高いと言われている。
山際淳司の著書「ナックル・ボールを風に」を思い出した。
ナックルボールを風に (角川文庫)
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曲げた指の関節(knuckle)で突き出すように投げることから、ナックル・ボールの由来がある。全力で腕を振る必要がなく、肩や肘にかかる負担は少ない。吉田えりでも、大リーガーを牛耳る可能性を秘めた魔球である。
ただし、打者を惑わす魔性のボールは、風の機嫌が悪ければで棒球となり、簡単にスタンドに運ばれてしまう。ナックル・ボーラーになるには度胸がいるのだ。リスクが常に付いて回る。このあたりにも『任侠の世界』を感じてしまうのだ。
かくして、ナックル・ボールは風に舞う。