京都市街地から車で30分ほど北東に走ると、新緑豊かな山里となる。目指すは京都・大原・三千院――かつて貴人や修験者の隠棲の地と知られる天台宗の寺院である。三千院門跡とも称し、山号は魚山(ぎょざん)。本尊は薬師如来、最澄が開基した。
いかにも女のひとり旅が絵になる風情である。山里は静寂に包まれていた。思わず鼻歌まじりに口ずさむ。
♪京都 大原 三千院
恋につかれた 女がひとり
歌唱力のあるデューク・エイセスが歌うとグッと心に響く。作詞は永六輔、作曲はいずみたく。ただ、「結城(ゆうき)に塩瀬の 素描の帯が」と歌詞にあるが、着物では歩きにくい(永さん、ゴメン。無粋な突っ込みで…)。スニーカーなんぞが適当な結構な山坂もある。境内南側の庭園内にある往生極楽院は12世紀に建てられた阿弥陀堂で、内部には国宝の阿弥陀三尊坐像が安置されている。
× × ×
江戸は『八百八町』、大坂は『八百八橋』、京都は『八百八寺』というそうな。それほどに寺院が多い。ちなみに「八百」とは「非常に多い」ことの意味。
勝林院、宝泉院と巡り、寂光院に足を伸ばす。
寂光院は大原もさらに奥まった里に寂然と佇んでいる。山号を清香山と称する天台宗の寺院。開基は聖徳太子と伝えられるが、平清盛の娘、建礼門院が平家滅亡後に隠棲した『平家物語』ゆかりの地として知られる。
× × ×
鴨川は京都市内の南北を流れる33㎞の河川である。古代の鴨川上流域は賀茂氏の本拠地であった。通例として高野川との合流点より上流を賀茂川または加茂川と表記される。
京都市街地を車で回ると何度も鴨川を見ることになる。
また鼻歌が出る。
♪加茂の河原に 千鳥が騒ぐ
またも血の雨 涙雨
三橋美智也の美声が響く。「ああ新撰組」の作詞・横井弘、作曲は中野忠晴だ。「菊の香に 葵が枯れる」と二番の歌詞にあるが、幕府軍の一員として戊辰戦争を戦い、時代の趨勢に敗れる近藤勇や土方歳三の姿が彷彿される。千年の都・京は幾たび争いの舞台となったことか。
『加茂』といえば、橋幸夫の歌で「舞子はん」がある。作詞・佐伯孝夫、作曲は吉田正である。
♪京はおぼろ夜 涙月
加茂の流れも 泣いていた
同名タイトルで映画化(1963年=松竹)された。橋幸夫主演で、舞妓役は倍賞千恵子だった。
また渚ゆう子の「京都慕情」には鴨川の支流、高瀬川が出てくる。
♪あの人の言葉 想い出す
夕焼けの高瀬川
作詞はザ・ベンチャーズで訳詩・林春生、作曲はザ・ベンチャーズ。「京都の恋」なんてベンチャーズ・渚ゆう子のコンビでヒット曲もある。高瀬川は森鴎外の小説「高瀬舟」の舞台となっている。
京都歌謡の走りは「祇園小唄」だろう。京都の定番テーマソングである。
♪月はおぼろに 東山
霞む夜毎の かがり火に
作詞は長田幹彦、作曲は佐々紅華(さっさ・こうか)だった。佐々は「君恋し」を作っている。
蛇足ながら……。
♪富士の高嶺に 降る雪も
京都先斗町に 降る雪も
「お座敷小唄」は松尾和子&和田弘とマヒナスターズが歌った。作詞・不詳で、作曲は陸奥明。
♪京都から博多まで あなたを追って
西へ流れて 行く女
「京都から博多まで」は藤圭子のヒット曲で、作詞は阿久悠、作曲は猪俣公章だった。
京都は絵になる街であり、歌になる街なのだ。
2010年5月27日旅程・三千院⇒勝林院⇒宝泉院⇒寂光院⇒曼殊院門跡