*永田雅一オーナーの采配批判にキレた。
プロ野球の阪急、近鉄の監督として活躍した西本幸雄さんが2011年11月25日亡くなった。91歳だった。8度のリーグ優勝を達成しながら、日本シリーズでは一度も優勝したことがなく、「悲運の名将」と呼ばれた。
※以下敬称略
× × ×
それが悲運の始まりだった。
1960年(昭和35年)10月12日(水)川崎球場。大洋ホエールズ対毎日大映オリオンズの日本シリーズ第2戦。
第1戦はセリーグの覇者、大洋エース秋山登がミサイルと異名をとる強力打線の大毎を散発5安打に抑え完封勝利を収めた。大洋先勝をうけた第2戦は、6回に榎本喜八の2ランホームランで大毎が先制したが、その裏桑田武の適時打などで同点、さらに7回鈴木武の適時打で大洋が3-2と勝ち越した。
そして8回表。1点を追う大毎は、先頭坂本文次郎が三塁前のセーフティ・バント安打で出塁した。続く田宮謙次郎のときに土井淳の捕逸で坂本が二塁進塁。田宮が四球を選ぶ。榎本の送りバントで1死ニ、三塁。ここで大洋監督の三原脩は2番手左腕の権藤正利を諦め、エースの下手投げ秋山をマウンドに送り、山内一弘を敬遠し、谷本稔と勝負する作戦に出た。
1死満塁。ここで監督の西本幸雄が仕掛けた。
谷本が1球ファールの後、西本はスクイズのサインを出した。谷本はバントを敢行したが、打球は捕手土井の目の前に。転がりが小さかった。捕球した土井は走り込んでくる三塁走者の坂本にタッチ、すぐさま一塁へ送球し併殺となった。8回の絶好機を逸した大毎は9回秋山の前に三者凡退し、シリーズ2連敗を喫した。
さて、第2戦の試合後である。
西本は反省会を兼ねコーチ連と夕食をともにしていたとき、電話が鳴った。電話の主は球団オーナー永田雅一だった。永田が会食の場所など知るはずもない。現場に詳しいスカウトの青木一三ら側近があれこれ電話し突き止めたようだ。
永田の電話の内容は要約すると、ミサイルといわれる強力打線の大毎が好機になぜスクイズのサインを出したのか、采配への批判だった。
「打線の状態は自分が熟知している。ご安心ください」と西本は初め聞き流していたが、連敗に虫の居所が悪い永田も口が滑った。
「なんてアホな作戦だ。バカヤロー」
「バカとはなんですか。取り消してください」
西本は頑固である。
永田はワンマンである。
売り言葉に買い言葉――こんなやりとりと推測する。
そして気まずい沈黙の後、電話は切れた。
結局、別当薫の後を受け監督就任1年目、40歳の西本は、ミサイル打線の本領を発揮しないままズルズルと4連敗し、巨人、西鉄、大洋と3球団で優勝を経験している48歳の三原の前に屈した。
西本は限りなく解任に近い辞任というカタチで大毎を去った。
前年のリーグ最下位から優勝し、シリーズ下馬評不利を覆し日本一に輝いた三原采配は「魔術」と称えられた。そして第2戦のスクイズ失敗は、後々1960年日本シリーズ勝敗の分岐点と、論評されたのだった。
以来、「悲運」がつきまとう。8度のリーグ優勝を達成しながら、日本一に輝くことは一度もなかった。
・1960年 大洋0勝4敗大毎(三原脩)
・1967年 巨人2勝4敗阪急(川上哲治)
・1968年 巨人2勝4敗阪急(川上哲治)
・1969年 巨人2勝4敗阪急(川上哲治)
・1971年 巨人1勝4敗阪急(川上哲治)
・1972年 巨人1勝4敗阪急(川上哲治)
・1979年 広島3勝4敗近鉄(古葉竹識)
・1980年 広島3勝4敗近鉄(古葉竹識)
川上哲治率いる巨人の不滅の大記録V9の前に敗れ去ること5度。このあたりも運のなさを感じせざるを得ない。
プロ野球ファンの記憶の鮮明なのは1979年の日本シリーズ。あの「江夏の21珠」だろう。3勝3敗で迎えた第7戦。スコア3-4。1点を追う9回裏、1死満塁で、石渡茂にスクイズのサインを出すが、江夏に見破られ三塁走者・藤瀬史朗は狭殺。石渡も三振に倒れゲームセット。万事休す。この場面は、ノンフィクション作家の山際淳司の作品に詳しい。
まさに、1960年の大毎時と同じような場面で……。またしてもスクイズ失敗。悪夢は繰り返された。監督は勝つことに命懸けになる。だが、しかし、信念を貫き勝つことが彼の流儀だったのではないか。
1960年10月12日――名将・西本幸雄の悲運の歴史が始まった。
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西本幸雄の悲運が始まった日は、浅沼稲次郎暗殺事件が起っています。
日比谷公会堂で演説中の日本社会党委員長・浅沼稲次郎が、17歳の右翼少年・山口ニ矢(おとや)に暗殺された。昭和史に残る事件でした。
浅沼さんの事件は同日午後3時5分ごろに起っていますが、西本さんの運命の分岐点、あの8回の場面のその頃と推測されます。資料を見ますと、日本シリーズ第2戦は午後12時59分にプレーボール、試合時間は2時間29分でした。8回の大毎の逸機後は、8回裏の大洋と9回表の大毎の攻撃がありますが、大洋は2安打し打者5人、大毎は3人凡退でした。となると、30分もかかりませんよね。だとすると……。
西本さんと浅沼さんとの奇妙な関係。遠い昭和に想いを馳せてみました。
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