昭和38年編
1963年・昭和38年は「青春歌謡」を象徴する名曲がふたつ生まれた年として、草野球音は記憶に留めたい。
舟木一夫の「高校三年生」(丘灯至夫作詞・遠藤実作曲)
三田明の「美しい十代」(宮川哲夫作詞・吉田正作曲)
の2曲で、ふたりのデビュー曲であり、代表曲でもある。あのころ思春期だった人間には、心に残る詞・旋律だった。
青春歌謡ってなんだろう。その定義を半可通の球音が語っても意味はないだろうが、ロカビリーとGS(グループ・サウンズ)ブームの狭間に咲いた一連の歌謡曲ではなかったか。その期間は昭和30年代後半から40年代初頭にかけてだろうか。
曲の題材は、いつでも夢を抱く若者であり、フォークダンスで手を繋ぐと黒髪が甘く匂う君であり、君の瞳に出会うと心ふるえる僕であった。そこに青春があり、歌があった。
青春歌謡ブームを牽引したのは、橋幸夫・舟木一夫・西郷輝彦の3人である。西郷が1964年・昭和39年、「君だけを」(水島哲作詞・北原じゅん作曲)でデビューすると、「御三家」と呼ばれるようになり、そのブームは花開いた。舟木は橋より1歳年下の1944年生まれ、西郷は1947年生まれである。
橋幸夫は前年の1962年・昭和37年に「江梨子」(佐伯孝夫作詞・吉田正作曲)、吉永小百合とのデュエット曲「いつでも夢を」(佐伯孝夫作詞・吉田正作曲)で股旅ものから転進を図り、舟木、西郷登場のお膳立ては整った。橋の前に松島アキラが1961年「湖愁」(宮川哲夫作詞・渡久地政信作曲)を、北原謙二(1939年―2005年)が1961年「忘れないさ」(三浦康照作詞・山路進一作曲)1962年に「若いふたり」(杉本夜詩美作詞・遠藤実作曲)を歌い、青春歌謡の機運を盛り上げていた。
御三家の後に、久保浩の「霧の中の少女」(1964年・佐伯孝夫作詞・吉田正作曲)、梶光夫の「青春の城下町」(1964年・西沢爽作詞・遠藤実作曲)、美樹克彦の「俺の涙は俺がふく」(1965年・星野哲郎作詞・北原じゅん作曲)、山田太郎の「新聞少年」(1965年・八反ふじお作詞・島津伸男作曲)に続く流れである。
舟木一夫は1963年・昭和38年「高校三年生」でデビューすると、年内に「修学旅行」(丘灯至夫作詞・遠藤実作曲)「学園広場」(関沢新一作詞・遠藤実作曲)「仲間たち」(西沢爽作詞・遠藤実作曲)を歌い、4連打のヒットパレード状態だった。
1947年生まれの三田明は、「御三家」に迫る人気で3人に加えて「四天王」という呼び方をされこともあった。
♪白い野バラを 捧げるぼくに
君の瞳が 明るく笑う
ロカビリーやGSと違い当時の中高年にも歌唱され支持された青春歌謡だが、人気上昇の一助となったのは、「ロッテ歌のアルバム」の存在である。1958年から始まった毎週日曜日12時45分からの30分間の音楽番組はTBS系で放送され、1979年まで続いた長寿番組となった。なんといっても絶頂期は御三家の出揃ったころである。司会は「1週間のごぶさたです」の玉置宏だった。青春歌謡は玉置の名調子に紹介され、日曜日の昼下がり茶の間に流れた。
かくして青春歌謡は一時代を築いた。
巷には東京オリンピックを翌年に控え、三波春夫(1923年―2001年)の「東京五輪音頭」(宮田隆作詞・古賀政男作曲)が流れていた。
坂本九(1941年―1985年)の「上を向いて歩こう」(1961年・永六輔作詞・中村八大作曲)が米国で「スキヤキ」と名を変えてヒットし、6月にビルボードの週間ランキング1位になり、話題となった。
昭和38年のヒット曲には、
ザ・ピーナッツの「恋のバカンス」(岩谷時子作詞・宮川泰作曲)
西田佐知子の「エリカの花散るとき」(水木かおる作詞・藤原秀行作曲)
梓みちよの「こんにちは赤ちゃん」(永六輔作詞・中村八大作曲)
坂本九の「見上げてごらん夜の星を」(永六輔作詞・いずみたく作曲)
春日八郎の「長崎の女」(たなかゆきを作詞・林伊佐緒作曲)
畠山みどりの「出世街道」(星野哲郎作詞・市川昭介作曲)
三沢あけみの「島のブルース」(吉川静夫作詞・渡久地政信作曲)
一節太郎の「浪曲子守唄」(越純平作詞作曲)
などがある。
「ヘイポーラ」は梓みちよと田辺靖男がカバーしてヒットした。洋楽ではフォー・シーズンズの「シェリー」、シルヴィ・ヴァルタンの「アイドルを探せ」、ビートルズの「プリーズ・プリーズ・ミー」「抱きしめたい」などがある。
同年テレビでは、米国テレビドラマ「ハワイアン・アイ」が始まった。ハワイが米国50番目の州になった1959年、ABCで制作されたドラマである。日本ではTBS系で放送された。
ハワイアン・ヴィレッジ・ホテルのプールサイドに事務所を構える探偵もので、冒頭の英語のナレーションが格好よかったなぁ。
♪ハワイアン ア~イ
とBGMがあり、
「ハワイアン・アイ」
スターリング「アンソニー・アイズリー」、「ロバート・コンラッド」
and「コニー・スティーブンス」
with「ハンシー・パンズ」
プロデュースド・バイ・ワーナーブラザーズ
一気に番組に引き込まれるのだった。トム・ロパカ(ロバート・コンラッド)とトレーシー・スティール(アンソニー・アイズリー)の2人の探偵、クラブ歌手のクリケット(コニー・スティーブンス)、中国人の運転手キム(ハンシー・パンズ)の配役だった。
探偵アクションに歌、踊り、ハワイアンムードの景色、憧れのハワイが楽しめた。毎週のように観ていた。
日本のテレビでは同年、本格的時代劇「三匹の侍」が始まった。フジテレビ系列で放送され、フジテレビ社員プロデューサーの五社英雄(1929年―1992年)が手掛けた作品だった。主演は丹波哲郎(1922年―2006年)、平幹二郎(後に加藤剛に替わる)、長門勇の三匹いや3人だ。黒澤映画「用心棒」「椿三十郎」の殺陣を意識した、斬殺音が響き血飛沫が舞う画面―そのリアルさはテレビ時代劇の革命であった。濡れ場も随所にあり、ドキドキしながら観ていたぁ(笑)。
邦画の佳作を挙げると、
「にっぽん昆虫記」(日活・今村昌平監督)=左幸子出演
「天国と地獄」(黒澤プロ=東宝・黒澤明監督)=三船敏郎出演
「太平洋ひとりぼっち」(石原プロ=日活・市川崑監督)=石原裕次郎
「五番町夕霧楼」(東映・田坂具隆監督)=佐久間良子
「武士道残酷物語」(東映・今井正監督)=中村錦之助出演
「しなやかな獣」(大映・川島雄三監督)=若尾文子出演
「非行少女」(日活・浦山桐郎監督)=和泉雅子出演
などがある。
洋画では「アラビアのロレンス」(ピーター・オトゥール出演)、「奇跡の人」(アン・バンクロフト出演)、「鳥」(アルフレッド・ヒチコック監督、ロッド・テイラー出演)などがある。
× × ×
1963年・昭和38年はプロレスラーの力道山が赤坂で刺され、その傷が因で死去した。戦後のスーパースターであり、家庭にテレビが普及する前の「街頭テレビ」時代の英雄であった。
プロ野球ではセ・リーグが読売ジャイアンツ、パ・リーグは西鉄ライオンズが優勝した。日本シリーズは川上哲治率いる巨人が、監督2年目の中西太の西鉄を4勝3敗で日本一に輝いた。シリーズMVPは長嶋茂雄だった。
第1戦 巨人1-6西鉄 ○稲尾、●伊藤 HR和田、ウィルソン
第2戦 巨人9-6西鉄 ○藤田、●安部 HR王、ウィルソン
第3戦 西鉄2-8巨人 ○伊藤、●稲尾 HR長嶋
第4戦 西鉄4-1巨人 ○安部、●宮田 HR田中久
第5戦 西鉄1-3巨人 ○高橋、●井上善 HR長嶋、長嶋、王、バーマ
第6戦 巨人0-6西鉄 ○稲尾、●伊藤 HRバーマ
第7戦 巨人18-4西鉄 ○高橋、●稲尾 HR柳田、柴田、王、池沢、王、伊藤光
・昭和38年の主な個人タイトル=セ・パ
最優秀選手=長嶋茂雄(巨人)・野村克也(南海)
新人王=該当者なし・該当者なし
首位打者=長嶋茂雄(巨人)・ブルーム(近鉄)
本塁打王=王貞治(巨人)・野村克也(南海)
打点王=長嶋茂雄(巨人)・野村克也(南海)
最優秀防御率=柿本実(中日)・久保征弘(近鉄)
最多勝=金田正一(国鉄)・稲尾和久(西鉄)
最優秀勝率=山中巽(中日)・田中勉(西鉄)森中千香良(南海)
高校野球は春の選抜大会が下関商(山口)、夏の選手権は明星(大阪)が優勝した。春の覇者、下関商は夏も準優勝している。
印象に残るのは下関商の池永正明だ。2年生の池永は、選抜大会では1回戦の明星(大阪)を5-0、2回戦の海南(和歌山)を延長16回の末3-2、準々決勝の御所工(奈良)を3―2、準決勝の市神港(兵庫)を3-1、決勝の北海(北海道)を10-0で破り紫紺の大旗を握った。
選手権大会は負傷をおして投球が光った。1回戦の富山商(富山)1-0とくだしたが、2回戦の松商学園(長野)戦の7回、三塁へヘッドスライディングをした際に左肩を脱臼してしまう。それでも気力を絞り5-0と完封した。3回戦(沖縄の首里の5-0)は休養したが、準決勝で左肩を固定して戦列復帰し桐生(群馬)を2-1に下した。決勝の明星戦では初回にバント奇襲に負傷で対応できず2失点を許し、1―2と惜敗し、春夏連覇は夢と消えた。
翌昭和39年の春にも甲子園のマウンドに登ったが、初戦の博多工(福岡)の0-1と敗れている。
卒業後プロ野球西鉄に入団、1年目の1965年に20勝をあげ新人王、3年目の1967年には最多勝に輝く活躍をみせた。1970年(昭和40)「黒い霧」事件に絡み永久失格選手となった。35年の長い歳月を経て、2005年処分解除となった。
池永正明58歳―頭には白髪が目立ち、顔に苦渋を重ねた皺(しわ)が無数に刻まれていた。
※蜘蛛巣丸太「草野球音備忘録」では人物名の敬称を省略しています。文章中で「主」の記憶違い・事実誤認・赤字などがありましたら、ご指摘くだされば幸いです。
0 件のコメント:
コメントを投稿