石松三十石舟
次郎長の代参で讃岐の金毘羅様に刀と奉納金を無事に納め、帰路に着く石松は、大坂から京・伏見へ渡る三十石舟に乗り込んだ。
乗り合う客の話が弾む。
「街道一の親分は、駿河国清水湊の山本長五郎、人呼んで清水の次郎長だ」
聞き耳を立てていた石松は喜んで、その男を呼ぶ。
「次郎長ってえのは、そんなにえらいかい。江戸っ子だってねえ。酒飲みねえ。寿司食いねえ。」
「神田の生まれよ。次郎長ばかりがえらいんじゃない。子分がまた強い」
「気に入った。江戸っ子だってね。酒飲みねえ。寿司食いねえ。」
「神田の生まれよ」
「子分で強いのは誰か知っているかい」
「そりゃ知ってらい。大政、小政、大瀬半五郎、増川仙右ヱ門、法印大五郎‥‥」
「肝心なのは忘れちゃいませんかい」
「おっと、忘れていた。遠州・森の石松だ。滅法強え。こいつが怒れば大政も手がつけられねえぜ。だが、ね。馬鹿だね、石松は‥‥」
広澤虎造の浪曲「石松三十石舟」の名場面である。
♪人情からめば ついほろり
見えぬ片目に 出る涙
と「旅姿三人男」で歌われる、気のいい石松がそこにいる。虎造の創作だが、絶妙の描写力だ。何度も映画や、テレビドラマで観たシーンである。
この三十石舟のあと、石松は都鳥三兄弟のだまし討ちの遭うのだ。
清水二十八人衆といわれる次郎長の子分を、上記の他に知っていますか?
草野球音はガキのころ、映画に感化され、
追分三五郎、
大野の鶴吉、
桶屋の鬼吉
三保の松五郎
なんて得意になって暗記したものだ。
いくら街道一の親分でも、28人も優秀な子分はいなかったと推測する。
× × ×
ところで、「灰神楽の三太郎」って子分もいた。もちろん、相模太郎の、あの喜劇浪曲の主役は、架空の人物なのだろう、ね。昔の記憶を頼りにその節を辿ると、こんな風だった。
♪~毎度みなさまお馴染みの
かの次郎長の子分は多いが
強いのばっかり揃っちゃいない
なかにゃとぼけた奴もいる~
馬鹿で間抜けでおちょっこちょい
ついたあだ名が灰神楽
とてホントの名前は三太郎ォ~
灰神楽(はいかぐら)とは、デジタル大辞泉を引くと「火の気ある灰の中に湯水をこぼすとき、灰が吹き上がること。また、その灰けむり」とある。
♪~ちょうど時間となりました。お粗末でした。先ずはこれまで。チョーン!
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