2011年2月28日月曜日

優しい大地康雄・柴田勝家:「江」

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第8回=初めての父)
詫びよ江
そなたが帰えらなんだら、
この者は首討たれておったのじゃぞ。
上に立つ者は常に下の者に気を配っておかねばならぬのじゃ――
 大地康雄の柴田勝家はこういって江を諭した。

 天正10年(1582年)、市は柴田勝家に嫁いだ。茶々、初、江の三姉妹も越前・北庄城に移り住んだが、新しい父によそよそしい。
 ある日、江は厩番(うまやばん)の静止もきかず馬で走り去った。嵐に遭い道に迷い城に戻れなくなった。翌朝なにもなかったように帰ってきた江を、勝家は殴った。そして、厩に連れていき、江に厩番に謝罪させ、いい聞かせるのだった。
 殴打事件をきっかけに勝家と三姉妹の父子の絆が芽生えた。

 一見、武骨な武将の柴田勝家ですが、心根の優しい父性を大地康雄が表現していました。

×  ×  ×

 さて2月28日は、千利休の命日です。天正19年(1591年)2月28日、秀吉の命で、天下一の茶頭・利休は切腹しています。
「江」では、利休(宗易)役は石坂浩二です。織田信長、豊臣秀吉の天下人に仕え、茶道ばかりか、政策ブレインである宗易を重厚に演じています。

 次回は、秀吉が仕切った信長の葬儀です。天正10年10月15日。京都紫野の大徳寺で、本能寺の変から百日忌、喪主に秀吉の養子、羽柴秀勝(信長の四男)をたて盛大に執り行われました。後継者へのパフォーマンスですね。これには織田家筆頭家老の勝家や妹の市が怒ります。秀吉と勝家の確執が決定的になるのですな。

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2011年2月26日土曜日

誉田哲也「シンメトリー」


姫川玲子ワールド炸裂
 誉田哲也の「シンメトリー」(光文社文庫)を読む。「ストロベリーナイト」「ソウルケイジ」に続く姫川玲子シリーズ第3弾の短編集。















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 警視庁刑事部捜査第一課殺人犯第十係。その第二班、通称「姫川班」の班長として活躍する姫川玲子の所轄時代や刑事としての考え方を知ることができる物語7編が、詰まっている。

目  次
・東京――高校の屋上プールから女子水泳部員が転落死した。背後ある「いじめ」をつきとめる。
・過ぎた正義――前科ある2人の死を國奥監察医から知らされて、玲子はある男の存在を掴む。
・右では殴らない――男が次々と劇症肝炎で死亡した。その共通点はいずれも覚醒剤使用者だった……。
・シンメトリー――100人を超す列車事故を引き起こした男が出所後、轢死した。
・左だけ見た場合――携帯電話に入力された「045 666」の正体は……。
・悪しき実――同棲相手の死亡を通報した後、姿を消したホステスの行動の真相とは。
・手紙――個人で高利貸しをしていた四十路の独身OLが刺殺された。

 目次を観てほしい。短編タイトルが、表題作の「シンメトリー」を中心に対称なっている(誉田さんのこだわりか)。


「東京」は品川署強行犯捜査係のペイペイ時代、「手紙」は碑文谷署交通課規制係の主任(巡査部長)で、十係長の小泉警部に認められ捜査一課に引っ張られるきっかけとなった事件を扱っている。姫川玲子の前身が語られていて、シリーズファンには貴重な情報となります。「右で殴らない」では、玲子の激情が爆発するシーンがみものですぞ。

拙ブログ「姫川玲子シリーズ」関連
「ストロベリーナイト」2010/04/25
「ソウルケイジ」2010/06/09
「シンメトリー」2011/02/26
「インビジブルレイン」2012/08/05

2011年2月25日読了


2011年2月24日木曜日

運慶展:神奈川県立金沢文庫

初期から最晩年の作品まで一堂に
 端正なたたずまいから神々しいオーラが漂っていた――奈良・円成寺の国宝「大日如来坐像」などの作品で知られる鎌倉時代の仏師、運慶の仏像を集めた「特別展 運慶」(2011年1月21日~3月6日)を横浜市金沢区の神奈川県立金沢文庫で観る。
 信頼できる資料等から真作と確認されている運慶作品は極めて少ない。その希少価値のある運慶(?~1224年)ないし運慶工房の仏像が、初期から最晩年の作まで一堂に会し、「大日如来坐像」が3体揃っての展示となっている。

展示されている運慶真作&運慶作と推定される作品
・国宝 大日如来坐像=運慶作(奈良・円成寺所蔵)1176年
・重文 毘沙門天立像=運慶作(神奈川・浄楽寺)1189年
・重文 不動明王立像=運慶作(神奈川・浄楽寺)1189年
・重文 帝釈天立像=伝運慶・湛慶作(愛知・滝山寺)1201年
・重文 厨子大日如来坐像(栃木・光得寺)鎌倉時代初期
・重文 大日如来坐像(東京・真如苑)鎌倉時代初期
・重文 大威徳明王坐像=運慶作(神奈川・光明院)1216年

 国宝の「大日如来坐像」は現存の運慶最古作。「大威徳明王坐像」は最晩年の仕事といわれる。真如苑所蔵の「大日如来坐像」は、もと個人蔵で2008年クリスティーズ社のオークションにかけられ真如苑が三越に依頼し1280万ドルで落札し、話題となった。

 金沢文庫は鎌倉中期の武将、北条実時が建設した私設図書館。1930年に神奈川県が運営する施設として再興した。1990年に新築され、現在は鎌倉時代を中心にした所蔵品を展示する歴史博物館となっている。

×  ×  ×

 奈良・円成寺の「大日如来坐像」は運慶が作ってから、835年が経っているのに、その表情は生き生きしていました。さぞかし寝食を惜しみ、渾身を込めたのでしょう。仏に魂が刻まれていました。これからも永遠に生き続けることでしょう。まさに「芸術は長く人生は短し」です。眼福にあずかりましたぞ。
2011年2月24日観覧

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2011年2月22日火曜日

人たらし岸谷五朗・秀吉:「江」

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第7回=母の再婚)
どなたかを忘れてはおりませぬか。
本能寺の折、亡くなられたお屋形さまの嫡男・信忠さまの嫡子でござる。
こちらにおわすは、畏れ多くも信長さまのご嫡孫・三法師さまであらせられる――
 岸谷五朗の秀吉がこういって見得を切った。

 天正10年(1582年)6月27日。本能寺の変から25日。秀吉が明智光秀を討った「山崎の戦い」の後、尾張・清州城で信長後継問題が話し合われた。「清州会議」である。
 出席者は織田家の有力武将たち―柴田勝家(大地康雄)、羽柴秀吉、丹羽長秀、池田恒興の4人。後継候補は次男の信雄、三男の信孝の2人で、織田家筆頭家老の勝家は将器のある信孝を推した。が、秀吉には『隠し玉』があった。
 それが、信長の嫡男・信忠の遺児だった。三法師である。
 まさに信長の嫡孫で、後継者の条件を満たす。嫡孫は次男、三男より継承権では上位。秀吉は会議のムードを逆転し、長秀と恒興を味方につけ三法師の後継で押し切った。3歳の幼君の後見人となる秀吉は、こうして織田家の実権を握る。人心掌握・懐柔に優れた『人たらし』秀吉の面目躍如であった。

×  ×  ×

 三法師担ぎ出し作戦は、ドラマでは石坂浩二演じる茶頭・千宗易の暗示から生まれています。「(信長さまの)跡継ぎはお二人(信雄と信孝)だけでしょうか」と、秀吉に語りかけ、はっと三法師の存在に気が付き擁立に動いています。千宗易は秀吉の政策ブレインでもあったのです。

 市(鈴木保奈美)が柴田勝家と再婚することが決まりましたが、茶々(宮沢りえ)と初(水川あさみ)は猛反対していました。江(上野樹里)は「母上は、好きでもない男に嫁ぐのですか」と疑問を投げていました。
 それにしても、市は秀吉を毛嫌いしていましたな。「あのサルめに、織田家のことに口出しはさせぬ」と力んでいました。秀吉は市ダイスキなのにね(笑)。

 清州会議での秀吉と勝家の対立が、後に「賤ヶ岳(しずがたけ)の戦い」に繋がるのですな。

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