生家は川崎の米屋
歌番組の軽妙な語りや歌謡曲の前奏部の名調子で知られる司会者の玉置宏(たまおき・ひろし)=本名・玉置宏行=が2010年2月11日亡くなった。76歳だった。
× × ×
旅に出たのは 何故だと尋(き)かれ
ひとりぼっちは 何故だと尋かれ
涙がひとつ 答えてる
遠く煌(きら)めく 灯台だけが
私の恋を 知っている
旅に疲れた 女がひとり
「津軽海峡冬景色」
石川さゆりさんです……
――都築響一著「夜露死苦現代詩」
1週間のご無沙汰でした
――ロッテ歌のアルバム
残しておきたい 江戸情緒
下座のお囃子 寄席幟(のぼり)
ラジオ名人寄席
私は席亭の玉置宏でございます
ご来場まことにありがとう存じます
――ラジオ名人寄席
流麗で無駄のない七五調はまさに『言霊』。発した言葉に魂が宿り、ひとり歩きしている。
× × ×
神奈川県川崎市出身。県立川崎高校―明治大学商学を卒業し、1956年に文化放送にアナウンサーとして入社。1958年にフリーに転身し、司会業で活躍した。
父親は下町・深川生まれの江戸っ子。歯切れよく、よどみのない江戸言葉は寄席と父親の影響。川崎駅東口にほど近い米屋が生家だった。
美空ひばりに『車屋さん』という曲がある。
♪ちょいとお待ちよ 車屋さん
お前見込んで
たのみがござんす この手紙
作詞・作曲ともに米山正夫である。玉置が司会する番組のリハーサルでは、この『車屋さん』を『お米屋さん』と歌い茶目っけを発揮した、と玉置が美空ひばりを追悼したテレビ番組で述懐していた。
玉置が川崎の米屋なら、美空は横浜の魚屋の娘だった。
育った環境に親近感があったようだ。(つづく)
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