2009年12月31日木曜日

温故“痴”新:水木かおる

霧笛が俺を呼んでいる

 思わず口ずさむ歌がある。季節や、世の出来事によって無意識に歌っているのだ。事象に接し脳が刺激され、記憶のなかから適時、曲を選んでいる。この痴呆気味の頭脳にどれほどの曲が詰まっているかは定かでないが、脳が命令もしないのに勝手に歌い出す。そして、そのあとから郷愁に誘わることがある。

 ターキーこと水の江滝子が訃報を知った11月からは、赤木圭一郎の「霧笛が俺を呼んでいる」である。1960年(昭和35年)の日活映画の主題歌だ。監督は山崎徳次郎、脚本は熊井啓だった。水の江滝子の企画だった。
 白い上下の航海士姿の赤木圭一郎と白いワンピースの芦川いづみが、霧がたちこめる横浜の波止場を歩く別れのラストシーンが印象的だった。
 ♪さびた錨に からんで咲いた
  浜の夕顔 いとしい笑顔

 海で育った船乗りは海に帰るのが宿命(さだめ)なのか。日活アクションのラストは、好き合った男と女がなぜか別れるのだ。
 ボー。ボー。霧笛がせかせるように咽びなく。船に向うトニーに哀愁が漂う。
 なんちゃって、いいようねぇ(笑)。

霧笛:濃霧などで視界不良のときに、衝突事故を防ぐために船舶や灯台などが鳴らす汽笛。きりぶえ――小学館デジタル大辞泉。

×  ×  ×

 「霧笛が俺を呼んでいる」の作詞は水木かおる。作曲は藤原秀行だった。2人のコンビで有名なのは、西田佐知子が歌った「アカシアの雨がやむとき」だろう。
 ♪アカシアの雨に うたれて
  このまま 死んでしまいたい
 2人の歌でやはり西田が歌った「エリカの花散るとき」なんて曲がありました。

 水木かおるの作詞で、遠藤実作曲では、「くちなしの花」「みちづれ」がある。こちらは赤木圭一郎の日活の後輩、渡哲也ですな。朴訥な歌っっぷりが似ているよね。

×  ×  ×

 さてあっという間に2009年も大晦日です。
 横浜では午前0時。港に停泊している船が一斉に汽笛を鳴らします。往く年、来る年の合図ですね。煩悩を滅する寺の鐘音もいいですが、除夜の汽笛も心に沁みます。

2009年12月24日木曜日

あさのあつこ「弥勒の月」

巧み冒頭の“つかみ”
 あさのあつこの「弥勒の月」(光文社文庫)を読む。
 冒頭の“つかみ”が巧い。文庫文末の解説で児玉清が触れているが、興味を惹かれ物語へのめり込む。

 月が出ていた。丸く、丸く、妙に艶めいて見える月だ。
 女の乳房のようだ。(――本文より)

 女遊びの帰路、満月にあられもない想像をめぐらした南本所石原町の履物問屋、稲垣屋惣助は、二つ目之橋で若い女の身投げを目撃する。現場に残されたのは、赤い鼻緒の下駄だった。なぜか履物屋の彼は下駄を抱きかかえてその場を去った。

 翌朝、一ッ目之橋近くの朽ちかけた杭に引かかった女の死体が発見される。

 女は森下町の小間物問屋遠野屋の若おかみ、おりんだった。遺体を前に、遠野屋の主人清之介はいささかも取り乱さなかった。尋常でない、その姿に北定町廻り同心、木暮信次郎は不審を抱き、岡っ引の伊佐治に身辺を洗え、と命じた――。

目次
・第一章 闇の月
・第二章 朧の月
・第三章 欠けの月
・第四章 酷の月
・第五章 偽の月
・第六章 乱の月
・第八章 陰の月
・第九章 終の月

 鋭い言葉で迫る信次郎と、ドンと受けてたつ清之介の対峙に緊迫する。
×  ×  ×
 続編の「夜叉桜」から本編へと逆コースとなったが、人物設定を知っているので解りやすかった。まだ、読んでいない方には、当たり前ながら順序通りに読むことをお勧めする(笑)。

2009年12月17日木曜日

東野圭吾「嘘をもうひとつだけ」

 東野圭吾の「嘘をもうひとつだけ」(講談社文庫)を読む。刑事・加賀恭一郎が活躍するシリーズの一作。本編は、
・嘘をもうひとつだけ
・冷たい灼熱
・第二の希望
・狂った計算
・友の助言
の5作からなる短編集。主人公の加賀は、年の頃三十なかば、長身でがっしりした体形、彫りの深い顔立ちで、冷静沈着、犯人に対しても優しさや思いやりを忘れない、練馬署捜査一係の刑事として登場する。

「嘘をもうひとつだけ」では、バレー団の事務員が自宅マンションのベランダから転落死する。自殺で処理されようとされるが、刑事がバレー団にやってくる。殺人事件の幕が開く。やってきたのは、もちろん加賀だ。推理とは別に、彼がバレーに興味を持っていることがわかり、面白い。シリーズものは登場人物の性格まで深く知りたくなるから。
 犯人は読み出して直にわかる。コロンボさんや古畑任三郎さんのドラマを観る感覚で、加賀恭一郎の理詰な推理が楽しめるのではないでしょうか。

ちょいmemo:松井秀喜

SAYONARA,HIDEKI(さよなら、秀喜)
GODZILLA’S GOING TO DISNEYLAND(ゴジラがディズニーランドへ行く)
 上記は、2009年12月15日付(日本時間16日)エンゼルスとの契約に基本合意した松井秀喜を取り上げたニューヨークの新聞見出しだ。
 辛口で知られるNYメディアにも惜しまれつつ、米大リーグのヤンキースからFAとなった松井は、イチローが所属するマリナーズと同じア・リーグ西地区のエンゼルスへ移籍することになった。16日(同17日)にはアナハイムで本人が出席し、入団会見が行われた。
 エンゼルスとの契約は1年。年俸は650万ドルで、ヤンキース時代の1300万ドルの半額となった。
×  ×  ×
 お節介な懸念がある。みなさんもご覧になっているだろう。松井が缶コーヒーのコマーシャルで、赤いヘルメットで登場している。キリンビバレッジの『ファイア』。初めて見たのはまだヤンキース在籍中だったが、なんと似合わないことか、と思った。エンゼルスに入団すると、赤い帽子をかぶることになる。
 外野手兼DHで打順は中軸が予定されている。本業になんの不安もない。必ずや活躍するだろう。
 だが、しかし……。あの赤いヘルメット姿が、サマになるのか。心配だわな。

2009年12月12日土曜日

あさのあつこ「夜叉桜」

ハードボイルド木暮信次郎

 あさのあつこの「夜叉桜」(光文社文庫)を読む。
「弥勒の月」(草野球音は読んでいないが……)の続編とか。江戸の町で女が相次いで殺される。被害者はいずれも女郎で、殺しの手口は背後から喉を切り裂いたものだった。北町奉行所の定廻り同心、木暮信次郎は殺された女のひとり、おいとの挿していた簪(かんざし)が、小間物問屋「遠野屋」で売れられていたことを知る。
・辛辣でキレ者の八丁堀・木暮信次郎
・過去を背負って生きる「遠野屋」主人の清之介
・老練で実直な岡っ引の伊佐治
物語を彩る登場人物は上記の3人である。一見強面な木暮が女子供のようにアメ好きという。性格の異なる三者三様の心理描写が織り込まれている。
×  ×  ×
「バッテリー」の著者であることは知っていたが、あさのあつこの文章は初めて読んだ。和語(やまとことば)を大事にする文体は、かえって馴染みがなく読みにくいと思われるが、美しい。
 文章を書くとき留意することは、
・カタカナ外来語を極力使わない
・漢語を避け和語に置きかける
と、以前に先輩に教えていただいたことがある。「夜叉桜」を読んで、さもありなんと思った。
2009年12月11日読了夜叉桜 (光文社時代小説文庫)

2009年12月10日木曜日

平山郁夫『文明の十字路』

再興第94回院展

 黄土色の砂漠をラクダに乗った隊商が黙々と往く――。横浜駅東口のそごう美術館(そごう横浜店6 F)で「再興第94回院展」(2009年11月128日~12月23日)を観る。なんといっても、12月2日に79歳で亡くなられた日本画家で文化勲章受章者、平山郁夫の作品が目当てだった。今秋に描きあげた『文明の十字路を往く―アナトリア高原 カッパドキア、トルコ』が展示されている。
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 再興院展は、1914年から続く日本美術院による日本画の公募展。日本美術院は岡倉天心が中心になって1898年(明治31年)創立した日本画の研究団体で、横山大観、下村観山、今村紫紅、速水御舟ら絵画史を彩った俊英を輩出している。
 本年度の院展受賞者
・内閣総理大臣賞 川瀬麿士『韻』
・文部大臣賞 今井珠泉『静日(イヌワシ)静夜(流氷』
・日本美術院賞(大観賞) 井手康人『不二一元』、岸野香『シンフォニー』
 本展では88点が展示されている。
×  ×  ×
『文明の十字路を往く』―絵の前でしばし見惚れていた。平山最後の大作だろうか。そごう美術館は、いつもより人出が多く、平山郁夫の人気を物語っていた。
2009年12月10日観覧 そごう美術館

2009年12月3日木曜日

水の江滝子さん forever

 水の江滝子さんが亡くなった。2009年11月16日のことだった。「ターキー」の名で親しまれた元女優で映画プロデューサー。94歳だった。

×  ×  ×

・石原裕次郎の育ての親だった。石原慎太郎の芥川受賞「太陽の季節」の同名映画化作品に主人公の友人役で初出演した慎太郎の弟、裕次郎を第二作「狂った果実」で主演させ、スーパースターに育てた。上原謙の代表される超ハンサムのみがスターになりえた映画界に、裕次郎の登場は衝撃をもたらした。

・企画・制作した映画は76本。訃報を知り口ずさんだ。
 ♪霧が流れて むせぶような波止場
  思い出させてヨー また泣ける
 裕次郎のヒット曲「俺は待ってるぜ」だ。作詞・石崎正美、作曲は上原謙六。曲のイメージから兄の慎太郎が脚本を書いて、1957年(昭和32年)日活で映画化された。主演はもちろん裕次郎。相手役は北原三枝。監督は「憎いあンちくしょう」「栄光の5000キロ」の蔵原惟繕(くらはら・これよし)でデビュー作品。プロデュースは水の江滝子だった。

・赤木圭一郎主演の映画「霧笛が俺を呼んでいる」の企画も水の江だった。1960年(昭和35年)日活作品。共演は芦川いづみで、吉永小百合も出演していたっけ。監督は山崎徳治郎、脚本は熊井啓。日活アクションの黄金期だったなぁ。
 ♪霧に波止場に 帰って来たら
  待っていたのは 悲しいうわさ
 作詞は水木かおる、作曲は藤原秀行だった。

・NHK「ジェスチャー」にも出演していた。白組キャプテンに柳家金語楼、紅組は水の江滝子。司会は高橋圭三、小川宏。問題をジェスチャーだけで表し、それを当てていく番組で、人気があり1953年から1968年まで続いた。印象の残っているシーンがある。「俺は待ってるぜ」という出題で、水の江が手掛けた映画のポスターそっくりに、右足を波止場の舫杭(もやいぐい)に乗せたポーズをとると、女性軍からすかさず正解がかえってきたのだ。その様の決まり方。「ターキー」として活躍した男装の麗人を彷彿させたのだった。

×  ×  ×

 1993年(平成5年)森繁久弥を葬儀委員長に生前葬を華やかに執り行った。森繁の死去から6日後、後を追うように永眠した水の江滝子だった。

2009年12月1日火曜日

東野圭吾「悪意」

加賀恭一郎シリーズ
 東野圭吾の「悪意」(講談社文庫)を読む。加賀恭一郎シリーズの第4作とか。
 人気作家の日高邦彦が自宅の仕事場で殺された。第一発見者は妻の日高理恵と日高の中学時代からの友人で児童向けの小説を書いている野々口修だった。事件を追う刑事の加賀は、捜査の早い段階から前職の教師時代の同僚、野々口を犯人と睨むが、動機が思い当たらない。綿密な捜査を続ける加賀の前に、幾重にも巧妙に仕掛けられた罠が明らかになっていく。

目次
・事件の章 野々口修による手記
・疑惑の章 加賀恭一郎の記録
・解決の章 野々口修による手記
・追及の章 加賀恭一郎の独白
・告白の章 野々口修による手記
・過去の章その一 加賀恭一郎の記録
・過去の章その二 彼等を知る者たちの話
・過去の章その三 加賀恭一郎の回想
・真実の章 加賀恭一郎による解明

×  ×  ×

 早々と犯人がわかる。ミステリーとして興醒めと思いきや、どっこい! そこからが東野圭吾の筆力で読ませる。
 恥ずかしながら、草野は加賀恭一郎シリーズを読んだことがなかった。「探偵ガリレオ」「予知夢」「容疑者Xの献身」の湯川学とは面識があるのだが(笑)、加賀サンは初対面だ。次はシリーズ作品、なにを読もうか、楽しみになってきた。
2009年11月30日読了悪意 (講談社文庫)