*高速で小さく鋭く真横に滑った。
ロッテのエースとして活躍した成田文男(なりた・ふみお)氏が亡くなった。2011年4月21日のことで、64歳だった。スライダーの名手といわれ通算175勝、20勝以上4回、最多勝2回、ノーヒットノーラン1回を記録している。※以下敬称略
× × ×
成田文男のスライダーを堪能するのは、川崎球場が一番だった。
グラウンドレベルと同じ高さの記者席が、ホームベースから15mほど後方にあった。投手―捕手―アンパイアーのほぼ一直線上に、在籍していた日刊スポーツ新聞社の記者席は位置していた。だから、投手の球筋を観るには最適の場所だったといえる。
1972年(昭和47年)、1973年とロッテ・オリオンズの担当記者だった。
成田はこの2年11勝、21勝を記録している。ロッテは1972年まで東京スタジアムが本拠地球場だったが、1973年仙台と川崎を準フランチャイズ球場としゲームを消化することになった。川崎は大洋ホエールズの本拠地だった。
× × ×
なぜロッテが仙台と川崎の球場を使うようになったか、簡単に説明しておこう。
東京スタジアムを所有していた永田雅一が経営難から手放し、国際興業社主の小佐野賢治に譲渡したことにより、当時のロッテ・オーナー中村長芳との交渉がこじれ、本拠地としての使用ができなくなった。1972年のことである。田中角栄と刎頸の友である小佐野。岸信介の秘書の中村。当時の首相の佐藤栄作は、兄・岸の派閥を引き継いだ福田赳夫を後継に考えたが、佐藤の長期政権下に内閣の要職を歴任し力をつけた田中は禅譲を阻む動きに出た。「角福戦争」の勃発である。そんな代理戦争のおもむきで、ロッテは東京スタジアムを使えなくなった。
さらに1972年オフ西鉄ライオンズが球団を身売りし、太平洋ライオンズが買収し、中村はそのオーナーとなった。ロッテは本社社長の重光武雄がオーナーに就いている。
× × ×
さてスライダーである。成田のそれは、いわゆる高速スライダーだった。ストレートと変わらぬ速さがあった。スピードガンがなかった時代で、球速は計測さていないが、成田は140キロ後半、絶好調時は150キロ超のストレートを投げていたと思う。ストレートとの球速差は10キロ未満だったろう。
速い。小さく鋭く真横に滑る。曲がるというより、滑っていた。
しかも制球力は抜群といってよく、ストライクゾーンの四角を自在についていた。スライダーを多投していたわけなく、ここぞという場面で投げていた。緩いカーブ、ストレートなどでカウントをとり、空振りを狙って投げ、思惑通り取っていた。
一般的にスライダーは修得しやすい球種といわれ、またフォークボールのように手が大きく指が長いなどの身体的条件が少ないため、投げやすいが、落とし穴も多い。甘く入ると長打を食うリスクが高い。制球力のよい投手だからこそ、スライダーは武器になるのだ。
特に右打者はストレートと思って振るが、ボールが鋭く逃げていき、バットは空を切った。一瞬消えたと錯覚したのではないか。
川崎球場では、スライダーが実によく観ることができた。ホームベースの角で鋭く滑る様が観てとれた。調子のいいときは、惚れ惚れするほど心地よかった。
日本プロ野球の歴史でスライダーを名刺替わりにした名投手に藤本英雄(巨人)や稲尾和久(西鉄)がいるが、成田も負けていないのではないか。また縦スライダーの松坂大輔(西武)、高速の伊藤智仁(ヤクルト)も名手として付加しておきたい。
スライダーを習得したプロ入り4年目の1968年から3年連続20勝をマーク。1970年の25勝、1973年の21勝は、パ・リーグ最多勝投手に輝き、ともにリーグ優勝に貢献している。
東京都足立区出身。修徳高校卒。南千住の東京スタジアムを本拠にしたこともあり「下町のエース」とか「下町の太陽」の異名をとった。
松竹の倍賞千恵子が映画「下町の太陽」に主演、主題歌も歌いヒットしたのは1963年だった。この映画は山田洋次監督作品。荒川の川べりに住居が密集している東京下町を舞台にした青春ドラマだった。倍賞は化粧品工場の女工役だった。共演は勝呂誉、早川保。
同名主題歌の作詞は横井弘、作曲は江口浩司。
♪下町の空に かがやく太陽は
よろこびと 悲しみ写す ガラス窓
*成田文男ライフタム:現役17年、534試合175勝129敗8S、通算防御率3.20
178センチ76キロ。右投右打。
× × ×
現役晩年の1980年から3年間、日本ハムに所属した。通算6勝しか挙げられなかった。たまたま取材に行った後楽園球場で顔をあわせたら、懐かしそうに笑いながら近づいてきた。「ボクの一番いいときを知っている人がいる」。周囲に絶頂期の彼を知らない記者が多くなり、寂しかったのだろうか。
あのスライダーは忘れない。成田文男 FOREVER――。
※「草野球音備忘録」はランキング参加中です。投票(クリック)にご協力ください。
※こちらも、クリックお願いします。
0 件のコメント:
コメントを投稿