2008年4月24日木曜日

球侍の炎1968ドラフトⅡ

飯島秀雄の巻:一

 1968年度(昭和43)プロ野球新人選手選択会議が開催された東京・日比谷の日生会館には、緊張と熱気が満ち溢れていた。
 田淵幸一(法政大)、山本浩二(法政大)、星野仙一(明治大)、山田久志(富士製鉄釜石)、東尾修(和歌山箕島高)ら前評判の高いスター軍団が、次々にドラフト指名を受けていった。

 そんな会場の空気が一変したのは、東京の9位指名がアナウンスされたときだった。「東京9位指名、飯島秀雄、外野手、茨城県庁、24歳」。どよめきと驚きが交錯した。張りつめた緊張が解け、なんともいえぬ失笑が漏れた。

 このドラフト会議出席者の誰もが、「飯島秀雄」の名前は知っていたが、それは野球選手としてではなく、100M走10秒1の日本記録保持者として、だった。東京とメキシコ五輪の代表選手であり、2大会連続で100M走準決勝進出を果たした日本人最速の男が、プロ野球球団に指名されたのだ。

 仕掛け人は東京オリオンズのオーナー永田雅一(1906年―1985年)であった。飯島の持ち味はロケットスタートで、最初の30Mまでなら世界最速といわれていた。野球規則によれば塁間は90フィートと定められており、メートル法では27.431Mとなる。代走専門の盗塁屋で使えば、飯島の足は最大限活きる。塁間を世界で一番速く走れるランナー――机上の計算ではそうなる。

 話題性もある。客も呼べる。名プロデューサーといわれる映画人の発想であった。
 永田は、1963年(昭和38)に「名前が気に入った」と埼玉大宮工業の長谷川一夫(投手、後に外野手転向)を入団させた経緯がある。本業の映画会社、大映の大スター長谷川一夫(1908年―1984年)と同姓同名だったのである。
 
 というわけで、永田の強い希望もあって飯島は東京に入団する。世界の飯島がプロ野球という未知の世界に飛び込んだ。

 飯島の同期入団組はどんなメンバーだろうか。1968年の東京オリオンズのドラフト指名選手をみて見てみよう。
1・有藤道世(近畿大・内野手)
2・広瀬宰(東京農業大・内野手)
3・池田信夫(京都平安高・投手)=入団拒否
4・土肥健二(富山高岡商業高・捕手)
5・八塚幸三(四国電力・投手)=入団拒否
6・山口円(徳島鳴門高・内野手)=入団拒否
7・佐藤敬次(埼玉大宮工業高・投手)
8・三浦健二(日本石油・投手)=入団拒否
9・飯島秀雄(茨城県庁・外野手)
10・安藤峰雄(コロムビア・投手)
11・藤田康夫(千葉成東高・投手)=入団拒否
12・舞野健司(福岡飯塚商業高・捕手)
13・市原明(千葉銚子商業高・内野手)
14・飯塚佳寛(鷺宮製作所・内野手)
と14人が指名され、5人が入団を拒否して、飯島を含めて9選手が入団している。

 働き頭は、「ミスター・ロッテ」といわれた有藤道世である。入団の1969年(昭和44)に新人王、1977年には首位打者のタイトルを獲得した。1970年と1974年のリーグ優勝に主力打者として貢献し、ベストナイン10回、ダイアモンドグラブ賞4回の栄誉に浴している。
 生涯2063試合に出場、2057安打、328本塁打、1061打点、282盗塁、打率.282の成績を残した。また1987年から3年間ロッテ監督も務めている。

 活躍二番手は、2位の広瀬宰と最下位指名の飯塚佳寛だろう。広瀬は堅実な守備で鳴らし、ロッテ―中日―太平洋―西武で実働13年間、生涯打率.224、飯塚は俊足を活かし実働12年間、1065試合に出場し生涯打率.256の成績を残している。
 また、土肥健二は、「おれ流三冠王」の落合博満に影響を与えた非凡な打撃技術の持ち主で、897試合で打率.268の成績だった。

 さて本題である飯島は入団後どうなっただろうか。

 初出場の機会がやってきた。入団1年目の1969年4月13日。本拠地・東京球場で行われたロッテ対南海戦2回戦である。この年から東京は菓子メーカーのロッテをスポンサーとして、球団名をロッテと改めている。ネーミングライツの先駆けといっていい。永田雅一は、本業の映画会社大映の経営難から、親交のある元首相の岸信介に仲介の労を頼んだ。岸から紹介されたのは、新興の菓子メーカー重光武雄の経営するロッテであった。
 永田が私財を投じて建てた東京球場も観客動員が低迷していたが、1969年は代走屋・飯島への関心が高く、この日はいつも5000人程度で閑古鳥の泣くスタンドに1万7000人がいた。
 飯島登場! 観客がどっと沸いた。 (飯島の項つづく)

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