もとの濁りの田沼恋しき
高橋克彦の「だましゑ歌麿」(文春文庫)読む。「だましゑシリーズ」の発端となる作品。「千に一つの目こぼしがない」南町奉行所の定町廻り同心、仙波一之進が主人公で、「おこう紅絵暦」「春朗合わせ鏡」などはそのスピンオフ作品である。
水谷豊が17年ぶりに出演した時代劇、TVドラマ「だましゑ歌麿」(2009年9月13日記)で触れたが、江戸一番の人気絵師、喜多川歌麿の妻おりょうが大嵐の夜に殺され、事件の幕が開く。現場で見つけた髑髏(どくろ)の根付が付いた印籠を手掛かりに、真相を追う仙波の前に、やがて黒幕の正体が浮かび上がる。一同心の意地が、強大な権力と対峙する。
作り物のキャラクターと歴史上の人物が巧みにクロスオーバーしているのが、小説の魅力となっている。
・仙波一之進:男っ気のある同心でご政道の改革に疑問を抱く
・仙波左門:一之進の父親で隠居。知恵があり、槍の名手でもある
・おこう:柳橋の売れっ子芸者。一之進に惚れる
・菊弥:一之進の使っている小者
・中山格之助:火附盗賊改、召取同心。一見、気弱な優男。
と、上記の架空の登場人物が歴史に絡む。
10代将軍家治が死去し田沼意次が失脚したのち、11代将軍家斉のもとで白河藩主から老中首座になった松平定信は逼迫した幕政を建て直すため寛政の改革を実施した。質素、倹約を旨とし文武を奨励する。改革は厳しく、贅沢品(庶民の絹物など)を禁じ、出版・言論にも統制が加えられた。版元の「蔦重」こと蔦屋重三郎は、山東京伝の洒落本の出版で財産半減の過料を科せられ、京伝は手鎖50日の処罰を受けた。そして喜多川歌麿の絵画も改革の妨げと見做されるようになった。そんな社会情勢が小説の舞台となっている。
さらに、
・春朗:のちの葛飾北斎。歌麿も風景画の才を認める。一之進の探索を手伝う
・長谷川平蔵:鬼と言われる火附盗賊改の長。「鬼平犯科帳」とは違うキャラ
の2人も登場し、時代小説ミステリーを盛り上げる。
「だましゑ歌麿」を読めば、必ずや「おこう紅絵暦」「春朗合わせ鏡」などスピンオフ作品が読みたくなるだろう。
× × ×
『白河の清きに魚の住みかねて、もとの濁りの田沼恋しき』なんて狂歌がありましたよね。大田南畝(おおた・なんぼ)の作でしたっけ。
2009年9月23日読了
0 件のコメント:
コメントを投稿