2016年4月28日木曜日

戸川昌子さん「猟人日記」forever

*かれこれ50年も前なんですな。何がって?
「猟人日記」戸川昌子さん原作が同名映画化されたのは、
1964年のことで東京五輪のあった年です。
紅顔の高校生でした ^_^)    ×     ×  













★いいね!ボタン          
ご協力ください。

</font></span><span style=         
にほんブログ村            
    
</font></span><span style=             
人気ブログランキング            


訃報:シャンソン歌手で作家の戸川昌子さん 85歳=2016/04/26。

映画「猟人日記」1964年(昭和39年)
中平康監督 浅野辰雄脚本 日活
夜な夜な美女をハントしその経緯を日記に記す中年紳士を仲谷昇が演じ、戸川昌子さんも重要な役で出演していましたっけ。

かなりのセックス描写がありました。
あらためてキャストをみると、十朱幸代や山本陽子が出ていたんですねえ。まったく記憶にない。
仲谷昇とハイミスの稲野和子の濡れ場が激しかったことが鮮明です。
若かったんですな。

2016年4月26日火曜日

佐野川市松とトコロさん

*市松模様 : 江戸中期、歌舞伎役者の佐野川市松が、
寛保元年(1741)「高野心中」の小姓 粂之助役で大当り、
この時の袴の柄が市松模様として流行した。
色の違う2種類の正方形または長方形を互い違いに並べた模様。    ×    ×    







★いいね!ボタン          
ご協力ください。

</font></span><span style=         
にほんブログ村            
    
</font></span><span style=             
人気ブログランキング            



「野原」の「野」に「老人」の「老」と書いて「野老」(ところ)と読む。
2020東京五輪エンブレムが決定した2016/04/25____
「組市松紋」デザインの作者は野老道雄さんという珍名さんだった。

野老(ところ) : 大辞林第3版の解説
ヤマノイモ科のつる性多年草。原野に自生。柄のある心臓形の葉を互生。雌雄異株。夏,腋生の花穂に黄緑色の小花をつける。根茎は太くひげ根を多数出し,これを老人のひげに見たて「野老」の字をあてる。根茎は正月の飾り物とされ,また苦味を抜けば食用となり,煎(せん)じて消炎・利尿薬とし,腰やひざの痛みに用いる。オニドコロ。古名トコロズラ。 [季] 新年。

以上 ただのメモランダム。
だから?
ただそれだけで……f^_^;)

2016年4月23日土曜日

山中貞雄×原節子「河内山宗俊」

*熊本で避難所生活するストレスはいかばかりかと察する。
2016年早々から腰や頚の手術で入院生活42日間を経験した。
洗面トイレ、シャワー、ベッドに食事とイライラだらけ。
お前なんぞと一緒にするな___どうもスイマセン f^_^;)    ×    ×












★いいね!ボタン          
ご協力ください。

</font></span><span style=         
にほんブログ村            
    
</font></span><span style=             
人気ブログランキング            



山中貞雄監督の映画「河内山宗俊」を観る。
脚本;三村伸太郎 /  1936年(昭和11年)/  

出  演
・河原崎長十郎:河内山宗俊
・中村翫右衛門:金子市之丞
・原節子:お浪
・山岸しず江 / 市川扇升 /
・加東大介(市川筵司)

甘酒屋を切り盛りする娘お浪は、弟の広太郎の非行に手を焼いていた。ある日、広太郎が侍の小柄を盗み、金に換え出入りの河内山宗俊の賭場に繰り出した。
この小柄が殿様伝来の由緒あるものときたから大騒ぎとなった。
河内山宗俊は居酒屋兼賭場を営む女将のヒモで居候。
金子市之丞はヤクザの用心棒。
原作:河竹黙阿弥「天衣粉上野初花(くもにまごううえののはつはな)」

伝説の女優はここに誕生した。
原節子の実質上の銀幕デビュー作。
時に彼女15歳でした。
漂う気品は『栴檀(せんだん)は双葉より芳し』ですな。

加東大介が市川筵司のクレジットで出ています。
歌舞伎の前進座に所属していて、当時26歳でした。
後にヒットした映画「大番」シリーズでは、
株の相場師ギューちゃん加東大介が憧れるマドンナが原節子でした。
「河内山宗俊」公開の21年後のことです。

中村翫右衛門(かんえもん)=三代目は梅之介の父で梅雀の祖父。

山中貞雄(やまなか・さだお)1909ー1938
京都生まれ。天才映画監督と謳われたが、28歳の若さで中国で病死。

拙ブログ「山中貞雄」「原節子」関連
「丹下左膳餘話 百万両の壺」2014/07/10

原節子あるがままに生きて 2010/11/18
「白痴」2015/12/03
「東京物語」2015/11/28
「秋日和」2015/04/26
「麦秋」2014/07/27
「晩春」2014/07/26

TV録画
2016年4月21日観映 #170
映劇の芸

2016年4月20日水曜日

知足 わが家は愉し

♪ 夕暮れに仰ぎ見る 輝く青空
日暮れて辿るは  わが家の細道
狭いながらも 楽しい我が家
作詞 : G Whiting 訳詞 : 堀内敬三 作曲 : W Donalodoson    ×    ×  








★いいね!ボタン          
ご協力ください。

</font></span><span style=         
にほんブログ村            
    
</font></span><span style=             
人気ブログランキング            


退院後にとんでもなく古いのを口ずさみました。
「私の青空」___。
アメリカのスタンダードナンバー。
日本では1928年二村定一(ふたむら・ていいち)の歌唱で大ヒットしたとか。
あのエノケンこと榎本健一も歌っています。
記憶の底で聴いたことのあるメロディだったのですね。

拙ブログ関連
頚椎症性脊髄症の手術体験記 2016/04/12
腰部脊柱管狭窄症の手術体験記 2016/02/20

拙ブログもゆっくり復帰軌道をとります。