2011年3月31日木曜日

藤沢周平「長門守の陰謀」

 藤沢周平の「長門守の陰謀」(文春文庫)を読む。初期の短編5作を収録。表題作は「長門守事件」といわれる庄内藩のお家騒動を描いた歴史小説。

「夢ぞ見し」
 昌江の夫、小寺甚兵衛は背が低く、肩幅だけある蟹のような風采である。最近、下城が遅い。二十五石の俸禄のくせになんで忙しいのか不思議でならない。
 ある日、溝江啓四郎と名乗る若い武士が小寺家に転がり込む。長身にして目もと涼しい白皙(はくせき)だが、口ぶりは横柄だった。
 啓四郎が来て半月。遣いから帰宅した昌江は、家の前で啓四郎が四、五人の男を相手に斬り合いしているのを目撃する。

「春の雪」
 みさは父・安蔵の見舞いにいくと、母・おたねから縁談があることを聞かされる。相手は三笠屋の若旦那の徳蔵だった。みさは徳蔵を好かない。
 みさには幼なじみが二人いる。機転が利き男っぷりのいい作次郎とのろまでへまばかりする茂太。みさと作次郎は恋中だったが……。

「夕べの光」
 おりんは倅の幸助と二人暮らし。幸助は実の子ではない。死んだ亭主の栄作と先妻の子だったが、乳飲み子から育ててきた。
 おりんに縁談が舞い込んだ。相手は小間物屋をしている柳吉だった。

「遠い少女」
 小間物屋の鶴蔵はコツコツ働き店を繁昌させてきた。四十を過ぎて、別の生き方といいたものに心をとらわれるようになっていた。
 そんなある日、鶴蔵はおこんという幼なじみの消息を耳にした。裾継(深川の岡場所)で働いているという。

「長門守の陰謀」
 庄内藩家老、高力喜兵衛の家に千賀主水が訪ねてきた。千賀は、長門守忠重が藩主忠勝の世子摂津守忠当を廃してして、後嗣に自分の子九八郎忠広を据えようとの謀りごとがあると告げるのだった。

目次
・夢ぞ見し
・春の雪
・夕べの光
・遠い少女
・長門守の陰謀

×  ×  ×

 一番好みの短編は「夢ぞ見し」ですな。東映時代劇にでもありそうな筋書きです。さしずめ溝江啓四郎役は大川橋蔵かな。ラストシーンにニヤリとさせられます。
2011年3月30日読了

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2011年3月29日火曜日

美しい宮沢りえ・茶々:「江」

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第11回=猿の人質)
なにゆえ、われらが従兄弟である信孝さまを、
その実の兄たる信雄さまに殺させたのでありまするか。
その上、天下を取るおつもりとか。
 宮沢りえの茶々が岸谷五朗の羽柴秀吉にこう詰問した。

 天正11年(1583年)4月。賤ヶ岳の戦いに敗れ、柴田勝家の越前・北庄城は落城し、勝家ともに市は自害した。茶々・初・江の三姉妹は秀吉の人質として安土城に引き取られた。そんなとき、勝家に与した信孝が秀吉の工作により、信雄から切腹を命じられ果てたという知らせに、茶々は秀吉への憎悪を募らせる。
「秀吉は、織田家を根絶やしにしようとしているのではないか」
 一方、秀吉は茶々の美しさの魅せられ邪心を抱くのだった。

×  ×  ×

 京極龍子の鈴木砂羽さんが初登場しました。あのテレビドラマ「相棒」の亀山薫(寺脇康文)さんちの奥さんです。
 京極龍子は浅井長政のお姉さん(京極マリア)の娘ですから、三姉妹の従姉妹にあたります。
「わたくし、秀吉さまの側室ですの」と気品ある笑顔を見せていましたな。
 ちなみに秀吉の側室は300人ほどいたそうです。それでも男児の子宝に恵まれず、3人儲けただけで、うち2人は茶々(淀殿)が産み、成人したのは秀頼だけでした。

 以前から気になることがあります。秀吉は家康より6歳年上なんですが、どうみても岸谷五朗さんの秀吉は北大路欣也さんの家康より若いよね。

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2011年3月26日土曜日

藤沢周平「逆軍の旗」

信長は光秀を「てろ頭め」と叱責した
 藤沢周平の「逆軍の旗」(文春文庫)を読む。歴史上の人物や事件をもとにした歴史小説が4編収められている。

 表題作「逆軍の旗」は織田信長を討つ明智光秀を描いている。
「われらとは貴様がことか。吐(ぬ)かせ、今度の戦で貴様がどう働いた?」
 光秀はあっと思った。「われら織田の軍勢、多年骨折った甲斐がござっった」。天正10年。織田、徳川軍が甲斐攻めで武田勝頼を討った。上諏訪の法華寺での酒宴の席で、武将たちが口ぐちに嫡男・信忠の戦功を称えたが、光秀は信忠の働きを直線的に褒めることをためらい、「われら織田の軍勢」といった。それが信長の勘に障った。
「目ざわりな、てろ頭め。消えろ」
 比叡山の焼き討ちから信長との乖離を感じていた光秀が、坐して滅びるかあるいは叛(そむ)くか、決断する。

「幻にあらず」は藩政改革を行う上杉鷹山(治憲)の話。
……(竹俣)当綱は十二という年から、別のことを考えていた。
――間に合うか。
 間に合うまい、と当綱は心の中で自答する。米沢藩は、寛文四年に藩主綱勝が急死して、領地は従来の三十万石から十五万石に半減されたが、そうでなくとも豊かではない藩財政は、その後悪化の一途をたどって、いまは破産の寸前にあった。その建て直しとなると、当綱は人にこそ言わね、ほとんど絶望的な見通しを持っている――本文からの引用。
 家老の竹俣当綱の力を借り、若い藩主・治憲が逼迫した藩財政を再建へ着手する。

目次
・逆軍の旗
・上意改まる
・二人の失踪人
・幻にあらず

×  ×  ×

 信長が光秀を叱責するシーン、NHK大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」でも扱っていました。豊川悦司の信長が、市村正親の光秀に「キンカン頭が」と殴っていましたな。

 また、羽柴秀吉の備中への援軍を信長に命じられた光秀が連歌の発句を――「時は今あめが下しる五月哉」と詠んでいますが、この句に天下取りの思惑は隠されているのでしょうか。

光秀の関連記事
・加藤廣「明智左馬助の恋(上)」2011/1/30
・加藤廣「明智左馬助の恋(下)」2011/2/05
2011年3月26日読了

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2011年3月22日火曜日

鈴木保奈美・市の決意:「江」

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第10回=わかれ)
江:わたしが死んだら、また母上に会えまするか。
市:……ああ、一番に会えるぞ。
 市の鈴木保奈美と江の上野樹里の別れのシーン。こう言ってふたりは強く抱き合った。

 天正11年(1583年)4月。賤ヶ岳(しずがたけ)の戦さに敗れ、柴田勝家(大地康雄)は越前・北庄城へと敗走する。やがて城は羽柴秀吉(岸谷五朗)の軍勢に包囲される。死を決意した市は三姉妹を呼び、「母は残る。そなたたちは城から離れよ」と告げる。三姉妹は母と一緒に城に残りたいと懇願するが、市の決意は揺るがない。
「母の生きる道はもうどこにもない。生き地獄より死ぬ道を選びたいのじゃ」
 秀吉の遣いで石田三成(萩原聖人)が現れる。市の残留を知り戸惑う。やむなく三姉妹を連れ、城を出る。
 北庄城は炎に包まれるのだった。

×  ×  ×

美濃返し=賤ヶ岳の戦いの際、秀吉の軍勢は美濃・大垣から近江・木之本までの13里(52キロ)をわずか5時間で駆け抜けた。岐阜城の織田信孝を倒すため美濃にいた秀吉は、中川清秀が守っていた大岩山砦が佐久間盛政により陥落したことを知り、賤ヶ岳にとって返した。砦を落としたら退けという勝家の命に背き大岩山に野営していた盛政は秀吉迫るの報に浮足立ち、秀吉の追撃に勝家勢は総崩れとなり、北庄城へ退却した。

×  ×  ×

 鈴木保奈美は美しく凛々しく市を演じておりましたな。嫁いだ先の浅井長政、柴田勝家と戦さに敗れ、亡くなりました。戦国武将の宿命なのでしょうが、そのたびに辛い別れが待っていました。
 さて、三姉妹は秀吉の保護を受けることになります。
 三成に言い放った市の台詞にはニヤリとさせられました。
「姫たちに指一本触るでないぞ。秀吉に伝えよ。そのようなことがあれば、信長とこの市が許さんと、な」
 茶々はその後に秀吉の側室になるわけですが、これからの秀吉と茶々の葛藤がみどころですぞ。

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