2010年3月31日水曜日

ポンペイ展:横浜美術館

2000年前に給湯設備のある浴室

 およそ2000年もの昔に、大理石の浴槽と給湯システムが備わった浴室があった。ポンペイの人々の豊かな暮らしぶりに仰天した。日本の弥生時代にですぞ。

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 横浜・みなとみらいの横浜美術館で「ポンペイ展―世界遺産 古代ローマ文明の奇跡」(3月20日~6月13日)を観る。

 西暦79年8月24日、ヴェスヴィオ火山が大噴火した。ナポリ湾沿岸の都市ポンペイは一昼夜にして火山灰に埋もれてしまった。当時の姿のまま、1700年の眠りについた。
 18世紀になってポンペイの隣町で偶然に古代の建造物の一部が出土したことから、発掘調査が始まり、栄華を誇った古代都市ポンペイの姿が明らかになっていった。
 ナポリ国立考古学博物館の協力を得て、ポンペイからの出土品など250点を展示している。

構成
プロローグ
Ⅰポンペイ人の肖像
Ⅱ信仰
Ⅲ娯楽
Ⅳ装身具
Ⅴ家々を飾る壁画
Ⅵ祭壇の神々
Ⅶ家具調度
Ⅷ生産活動
Ⅸ饗宴の場
Ⅹ憩いの庭園

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 装飾品や家具調度など現在でも使えるほどに豪華で凝った意匠で、当時のポンペイの生活水準の高さに感心する。
2010年3月30日観覧

2010年3月30日火曜日

三國連太郎と木下恵介

「こころの遺伝子」:ちょいmemo

 1950年(昭和25年)敗戦の影を落とす日本――中国から引き揚げ者、佐藤政雄は路頭に迷っていた。空腹を抱え銀座の三十間堀を眺めていると、見知らぬ男に声をかけられた。
「お兄ちゃん、映画に出てみないか?」
 松竹のプロデューサー小出孝だった。
「飯だけ食わせてくれるなら……」と応じると、翌日オーデションのため辻堂まで連れていかれた。そこは木下惠介の邸宅だった。木下は当時すでに黒澤明と人気を二分する映画監督だった。
 佐藤政雄をひと目で気に入った木下は映画「善魔」の主演を即決した。
「善魔」には、三國連太郎という新聞記者が登場する。

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 ご推察の通り。佐藤政雄はのちの三國連太郎である。こんな偶然の出会いで映画俳優・三國は生まれたのだった。彼はデビュー作の役名を芸名とした。
 素人の三國に木下は「自分の好きなようにやりなさい」と、ことさら演技指導はしなかったという。その「好きなように……」が、以来役者三國のバックボーンになったという話が、3月29日から始まったNHK「こころの遺伝子―あなたがいたから―」で語られていた。司会は西田敏行。二人は映画「釣りバカ」のコンビ。三國のゲストは、新番組の第1回に向けてのサービス人選だろう。
 ちなみに次回ゲストは久本雅美。

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 さらに番組で目を惹いたのは、木下忠司(ただし)が登場して兄の恵介を語っていたことだった。久々に聞く名前だった。忠司はテレビ番組の「水戸黄門」の主題歌を手掛けた作曲家である。
 例のあれだ。
 ♪人生楽ありゃ 苦もあるさ
  涙のあとには 虹も出る
「あヽ人生に涙あり」。作詞は山上路夫。

 映画「喜びも悲しみも幾歳月」は1957年(昭和32年)松竹で木下惠介監督が撮った。灯台守の夫婦役は佐田啓二と高峰秀子だった。主題歌は若山彰が歌いヒットした。その作詞・作曲は木下忠司であった。
 ♪俺ら岬の 灯台守は
  妻と二人で 沖行く船の
  無事を祈って 灯をかざす
 今でも若山彰の声量を生かした朗々とした歌声が耳に残っている。

2010年3月27日土曜日

桜を観れば西行の歌が…

愛犬不在に寂寥の花見

願はくは花の下にて春死なむ その如月(きさらぎ)の望月のころ
春ごとの花に心をなぐさめて 六十(むそじ)あまりの年を経にける
                                       ――西行

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 横浜駅の北東口改札から徒歩10分ほど、幸ヶ谷公園(神奈川区)は知る人ぞ知る桜の名所である。旧東海道の神奈川宿、宮前商店街を見下ろす小高い丘の上に小ぢんまりとした公園が広がる。園内は桜の林になっている。いつもは閑静な佇まいだが、花のころには人が集まる。
 五分咲きだろうか。カミさんと訪れると、花見客がすでに10組余が杯を傾けていた。

 去年は満開のころの花見だった。老犬連れだった。最期の桜かもしれない――予感があり、愛犬のポメラニアンに桜を見せた。彼はこの2月(如月)に老衰で死んだ。15歳だった。今年の桜は見せてやれなかった。桜を前に寂寥の思いがあった。

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「六十あまりの年を経にける」齢アラ還。西行法師の心境が解りはじめてきた、なんて言うつもりはございません。まだまだ草球の心うちには邪念、妄想、煩悩が渦巻いておりますな。

2010年3月26日金曜日

友愛ハトはどこへ行く

カモ・サギ・オウムそれとも

 はじめに断っておく。これはパクリである。引用する。
 TBS昼の情報番組「ひるおび」で、『新聞マエストロ』小森谷徹が「永田町を舞う謎の鳥」の風刺文を取り上げていた。3月26日のことだ。
――日本には謎の鳥がいる。正体はわからない。
   中国から見れば「カモ」に見える。
   米国から見れば「チキン」に見える。
   欧州から見れば「アホウドリ」に見える。
   日本の有権者からは「サギ」と思われている。
   オザワからは見れば「オウム」のような存在。
   でも、鳥自身は「ハト」だと言い張っているようだ。

 在日米軍基地移設や「政治とカネ」問題などで迷走する鳩山政権を皮肉ったジョークが永田町界隈で大流行しているとか。

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「啼くな小鳩よ」と歌ったのは岡晴夫だった。作詞は高橋掬太郎、作曲は飯田三郎。
 ♪啼くな小鳩よ 心の妻よ
  なまじ啼かれりゃ 未練がからむ

「小鳩」は愛しい女性を鳥に譬(たと)えたのだろう。ガキのころ「小鳩」が突然出てくる歌詞が理解できなかった。

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 それにしても、風刺文は言い得て妙、よく出来ているよね。
 確かに友愛ハト、このところの発言は朝令暮改で「カザミドリ」のようだし、「トラスト・ミ―」と言われたオバマ大統領から見れば「ウソ」に見える。

「ハト」は平和のシンボルで、岡晴夫の「啼くな小鳩よ」でもか弱さを表している。イメージ・好感度は高い鳥だ。
「ハト」が日本の「ガン」になっちゃ洒落にならない。