2012年3月27日火曜日

続・戦時歌謡もいいもんだ

加藤隼戦闘隊は征く、雲の果て
うろ覚えの話です。
加藤さんちに男の子が生まれ、「準」(ひとし)と名付けました。
「加藤準」ちゃんです。
お嫁さんの両親に命名を告げたところ、えらく渋い顔をされたそうです。
「加藤準」から、あの「加藤隼戦闘隊」を連想したのですな。
「準」と「隼」(はやぶさ)って字、似ていますよね(笑)。

♪エンジンの音 轟々と
 隼は征(ゆ)く 雲の果て
昭和19年。作詞は加藤部隊、作曲は陸軍軍楽隊となっています。

歌詞は漢字の勉強になります。
・寒風酷暑(かんぷうこくしょ)=冬の寒い風と真夏の厳しい暑さ。
・艱難辛苦(かんなんしんく)=人生における困難や苦労。
・干戈(かんか)=干(たて)と戈(ほこ)の意。戦争。
・幾星霜(いくせいそう)=苦労を経たうえでの、長い年月。

「隼」は大日本帝国陸軍の戦闘機の愛称。加藤隼戦闘隊は、軍神といわれた加藤建夫少将率いた第64戦隊のこと。

またまた古い奴でござんす。

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2012年3月25日日曜日

戦時歌謡もいいもんだ

「麦の兵隊」を歌う友⇒「梅と兵隊」
宴会でなにかというと
♪徐州 徐州と人馬が揺れる
――なんて、場違いな戦時歌謡で顰蹙(ひんしゅく)をかう友がいます。
愛すべき友です。
 
あれは「麦と兵隊」です。作詞は藤田まさと、作曲は大村能章。昭和13年。
戦争を知らない団塊世代ですが、軍歌は耳の記憶に残っています。
聴いたことがあるのです。

「梅と兵隊」という歌もあります。
♪春まだ浅き戦線の
 古城にかおる梅の花
作詞は南条歌美、作曲は倉若晴生。昭和16年。
  田端義夫が歌ったそうな。
YouTube で知ったのだが、村田英雄や中村美津子もカバーしていましたぞ。

このメロディ、好きなんだよね。
当方も周囲から顰蹙をかう古い奴でござんす(笑)。

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2012年3月24日土曜日

北森鴻「蓮丈那智フィールドファイルⅠ凶笑面」

異端の民族学者がヒロイン  
 北森鴻の「蓮丈那智フィールドファイルⅠ凶笑面」(新潮文庫)を読む。



異端の民族学者の蓮丈那智(れんじょう・なち)と助手の内藤三國(ないとう・みくに)がフィールドワーク先で事件に遭遇し、民俗学的考察を加えながら事件を解決する短編ミステリー。「凶笑面」は蓮丈那智シリーズ第1弾。
目次
・鬼封絵(きふうえ)
・凶笑面(きょうしょうめん)
・不帰屋(かえらずのや)
・双死神(そうししん)
・邪宗仏(じゃしゅうぶつ)

 ヒロイン蓮丈那智が魅力的だ。しゃべり方は男性的だが、学識、推理力が卓越した美人。調査先にもジンとベルモットを持参し、マティーニを嗜む。

 作者の北森鴻さんって48歳で亡くなったのですね。恥ずかしながら知りませんでした。生1961年―没2010年。
 このところ読者が捗りませんな。
2012323日読了

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2012年3月20日火曜日

真鶴町立中川一政美術館

自由奔放な絵画、書そして96歳時の「薔薇」
 東海道線真鶴駅からケープ真鶴行きのバスに揺られること15分ほど。箱根火山の南東、相模湾の西に位置し、半島と呼ぶにはちっぽけな真鶴半島の、その自然公園の樹林に包まれ真鶴町立中川一政美術館は静かにたたずんでいる。
 文化勲章受章者である彼の油彩、書、陶器など、約600点の寄贈を受け、1989年(平成元年)3月に開館した。


・中川一政(なかがわ・かずまさ)
 1893年(明治26年)-1991年(平成3年)。東京本郷生まれ。21歳のとき最初に描いた作品「酒倉」が岸田劉生に認められ画家を志す。油彩、日本画、版画、陶芸、和歌、随筆、書と多彩な創作活動はいずれもが独学で自由奔放な作風であった。また洒脱な文章家としても知られる。

×  ×  ×
 
 

 「中川一政美術館前」でバスを降りると、なぜか消防車の車庫があった。のぞくと石原プロ寄贈の、立派な消防車が鎮座していた。中川画伯と渡哲也――意外な縁に苦笑してしまいましたぞ。
 最晩年の96歳時に描いた「薔薇」の絵に力強さを感じました。彼は終生薔薇を描き800点もの作品を残しています。
ゴッホも北斎も老境のその作品は同様なパワーが漂っています。無駄に馬齢を重ねる当方など凡人と、決定的に違うところなのであります(笑)。
2012316日観覧

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