2012年3月11日日曜日

忘己利他慈悲極

震災には「もう懲りた」けど「もうこりた」の精神を
 震災1年。
 未曽有の国難の1年だった。
 
値上げは権利と電力会社のお偉いさんが言えば、
被災地がれき処理も受け入れ自治体の反対の壁は厚い。

利己や我欲がまかり通る世の中である。
けして己もご多分に漏(も)れない。

被災地のために己がしたことはあったのだろうか。
これからできることはあるのだろうか。

「利他」という言葉を痛感する。
「利己」の反対語。
自分のことよりも他人の幸せを願うこと。
仏語(フランス語ではない)では、人に功徳(くどく)利益(りやく)を施し救うこと。
 
――忘己利他慈悲極
己(おのれ)を忘(わす)れ他(た)を利(り)するは慈悲(じひ)の極(きわ)みなり。
己を捨て他人に報いる。
天台宗開祖、最澄の言葉だそうな。

「もうこりた」――。
 そんなことには「もう懲りた」なんて言うかもしれないけど、
「もうこりた」精神を持ちたいと思う今日この頃である。
 
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2012年3月6日火曜日

正岡子規と野球よもやま話

雅号は「野球(の・ボール)」を用いた。
正岡子規(1867年―1902年)の続き。横須賀美術館で「正岡子規と美術」展を観たあと、それとなく調べてみた。
「ベースボール baseball 」を「野球」と和訳したのは、てっきり俳人・正岡子規だと思っていた。これは、どうやら俗説らしい。

最初に「野球(やきゅう)」と訳したのは、中馬庚(ちゅうま・かのえ=1970―1932年)で、一高で二塁手として活躍、東京帝大では指導者となった。1970年(昭和45年)には特別表彰で野球殿堂入りを果たしている。
野球好きの正岡子規が幼名・升(のぼる)をもじり雅号「野球」(の・ボール)を用いたことから、野球の和訳は子規が最初と、混同した俗説が生まれたようだ。
ただ、中馬が「野球」と訳したのは1894年(明治27年)で、子規が雅号としたのは明治23年と4年先行する。
 子規は「打者」「走者」「直球」「四球」など野球用語を和訳しており、2002年に新世紀特別表彰で野球殿堂入りしている。

――草茂み ベースボールの 道白し
――まりなげて 見たき広場や 春の草
 野球を題材にした句を詠んでいる。

子規の郷里・松山には愛称「坊っちゃんスタジアム」の松山公園野球場が在る。これは一般に広く知られる松山を舞台にした小説、夏目漱石の「坊っちゃん」に因む。
また漱石は子規と親友であり、肺結核の子規を看た。
「坊っちゃんスタジアム」に隣接する野球歴史資料館は「の・ボールミュージアム」、サブ球場は「マドンナスタジアム」と、洒落っ気がある命名をしていて愉しい。

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2012年3月4日日曜日

正岡子規と美術:横須賀美術館

浦賀水道を行き交う船を臨む絶景のガラスの館だった。
 横須賀市の横須賀美術館で「正岡子規と美術」展(2012211日~415日)を観る。


 近代俳句の革新者である正岡子規(1867年ー1902年)は、絵を愛し絵画作品を残している。彼の文学の核を成す「写生」は、過去の因習や主観を捨て、目の前のものの客観的な描写によって真実に達しようとする思考の在り方で、明治期の洋画家、浅井忠(ちゅう)や中村不折(ふせつ)らとの交流から育まれたといわれる。本展では、子規の絵画とその時代の画家たちの作品を展示している。

本展構成と主な作者
1 「写生」の水脈 アントニオ・ファンネージ/浅井忠
2 不折と為山 中村不折/下村為山
3 子規の絵 正岡子規
4 自然へのまなざし 黒田清輝/藤島武二

 正岡子規といえば、文豪の夏目漱石や、同郷・愛媛の友である秋山真之(さねゆき)と秋山好古(よしふる)との交流が知られる。日露戦争の立役者となった秋山兄弟との仲は司馬遼太郎の歴史小説「坂の上の雲」に描かれている。
――君を送りて思うことあり 蚊帳に泣く
米国に留学する親友の秋山真之の颯爽たる姿と、病床に伏す我が身の恨めしさ。余りの境遇の差に詠んだ句。
 真之が後に、日露戦争の帰趨を決した日本海海戦の作戦参謀となったのは有名。

――本日天気晴朗ナレド浪高シ
 真之が日本海海戦出撃の際の報告電報の一節。彼もまた名文家として知られる。
 
×  ×  ×

 観音崎の海を臨む横須賀美術館。浦賀水道に貨物を積んだ船が行き交う絶景のロケーションのガラス張りの館。近くの観音崎灯台は日本最初の洋式灯台だそうな。
 別館には週刊新潮の表紙絵で名を馳せた谷内六朗館がある。ここもまた癒しの空間。
201231日観覧

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2012年3月3日土曜日

大沼紀子「真夜中のパン屋さん」

カッコウの子・希実と暮林と弘基とパン屋の客の面々
 大沼紀子の「真夜中のパン屋さん 午前0時のレシピ」(ポプラ文庫)を読む。

「ブランジェリークレバヤシ」は、都会の片隅で真夜中だけ営業するパン屋さん。眼鏡をかけた優しそうなオーナー暮林陽介と、若く腕のいいパン職人の柳弘基の二人で切り盛りしている。そろってイケメンである。
  そこに、「カッコウの托卵」のようにいろいろな家庭にあずけられ、あげくに母が失踪してしまった女子高校生の篠崎希実が訪ねてきた。
 希実は暮林の妻・美和子の腹違いの妹と名乗った――。


目次
Open
Fraisage―材料を混ぜ合わせる―
Pétrissage & Pointage―生地捏ね&第一発酵
Division & Détente―分別とベンチタイム 
Faonnage & Apprét―成形&二次発酵
Coupe―クープ
Cuisson avec buée―焼成

 店が開くのは午後23時、閉店は午前29時。深夜営業の風変わりなパン屋にはいわくつきの面々が集まる。パン屋の居候の希実、オーナー暮林、職人の弘基が、ワケあり客と織りなす人情ドラマが展開する。
 希実も暮林も弘基もワケあり人です。

*托卵(たくらん)
自分では巣をつくらず、ほかの鳥の巣に卵を産み、子育ての世話をその巣の親鳥に任せてしまう鳥の習性。種間托卵で知られるのはカッコウなどのカッコウ科の鳥類。


 最近読書が捗らないので、軽く読める本と思い本屋で見つけ、読みだしたが、相変わらず苦戦した。
 2012年はこれで読了3冊と遅読。
  続編「真夜中のパン屋さん午前1時の恋泥棒」が刊行されたそうな。
2012228日読了
 
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