2011年6月14日火曜日

茶々から宮沢りえ・淀へ:「江」

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第22回=父母の肖像)

父・浅井長政と母・市の菩提をともらう
追善供養をいたしとうございます。
 宮沢りえの茶々が秀吉(岸谷五朗)に、男の子誕生のあかつきには叶えてほしいといっていた願いを初めて口にした。
 天正17年(1589年)正月。秀吉は淀に地に築城を決めた。完成した城を茶々に与えられ、茶々は「淀」と呼ばれるようになった。淀は男の子を出産した。秀吉は待望の男児を鶴松と名づけた。そして、淀は鶴松を産む前に交わした願いを申し出るのだった。

 天下統一をめざす秀吉が小田原の北条攻めを決意する。

×  ×  ×

*小田原の役
天正17年、北条の猪俣邦憲が真田昌幸の家臣・鈴木重則が守る上野国名胡桃城を奪ったことから、天正18年に秀吉は関東に出兵し、小田原城を包囲した。
 3カ月の籠城後、北条氏政、氏直父子は降伏した。名実ともに秀吉の天下が成った。

×  ×  ×

 浅井長政(時任三郎)と市(鈴木保奈美)の肖像画が出来上がりました。江(上野樹里)は初めて父の顔を知ることになるわけですが、この肖像画、時任三郎と鈴木保奈美にそっくりでしたね(笑)。
 家康の三男・竹千代の向井理が初登場しました。後に江と結婚する徳川二代将軍の秀忠です。

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2011年6月9日木曜日

大竹しのぶ・北政所VS宮沢りえ・茶々:「江」

大河ドラマ「江~姫たちの戦国~」(第21回=豊臣の妻)
茶々殿は秀吉の側室ではありません。
すでに、秀吉の妻。
豊臣の家を守るのが私。
豊臣の子を産み、育てるのが茶々殿。
役目の異なる妻と心得られませ。
同じ妻として、これからはよろしゅう頼みまする。
 茶々(宮沢りえ)の懐妊を知った北政所(大竹しのぶ)は、茶々のもとを訪ね心のうちを語った。

 天正16年(1588年)秋。秀吉(岸谷五朗)と茶々は結ばれ、茶々は子を宿した。正室の北政所も穏やかならざる事態となったが、茶々に側室でなく「豊臣の妻」として認めることを告げるのだった。

×  ×  ×

 北政所は、「2人の妻」システムで豊臣家を支えようという提案しました。つまり側室ではなく、茶々は別格として扱うということなんですな。正室でありながら、子宝に恵まれない北政所としては後継者を産んでくれる茶々へ敬意を示したカタチですね。いわば「大連立構想」ですな。

 北政所と淀(茶々)の関係って、実際のところはどうだったのでしょうか。対立していた説もありますが、また協調協力関係にあったという説もあります。

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2011年6月7日火曜日

堂場瞬一「相剋」

元プロ野球選手の醍醐が相棒
 堂場瞬一の「相剋」(中公文庫)を読む。警視庁失踪課・高城賢吾シリーズ第2弾。

「杉並事件」という通り魔事件の目撃情報を警察に提供した人物が行方不明となった。目撃者探しを、捜査一課管理官の長岡が失踪課に依頼してきた。筋違いだと高城賢吾は主張したが、室長の阿比留真弓は明神と法月に捜査を命じた。ときを同じくして、男子中学生が友人の女の子が失踪した失踪課を訪れる。親族以外の捜索願は受けないが、少女の家族の対応に不審感を抱いた高城は、醍醐と捜査を始めた……。
 高城は酒びたりの上、ヘビースモーカーで頭痛持ち。ひとり娘の綾奈(当時7歳)が学校帰りに失踪してしまい、以来弁護士の妻との溝ができ、離婚した過去を持つ。今回の相棒の醍醐塁は元プロ野球選手。1年で肩を痛め引退した。ともに挫折感のあるふたりが事件にあたる。

×  ×  ×

「相剋」では、明神愛実の出番は少ないので、多少『女っ気』が足りない感じですな。
2011年6月5日読了

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2011年6月2日木曜日

百花繚乱―桜・牡丹・菊・椿―展:山種美術館

四季折々の花が咲き誇っていた――東京・広尾の山種美術館で「百花繚乱―桜・牡丹・菊・椿―」展(2011年4月27日~6月5日)を観る。花を描いた絵画を所蔵のコレクションの中から、酒井抱一ら江戸後期から上村松篁ら現代まで、約50点の作品が展示されている。


目を惹いた作品
・「醍醐」奥村土牛1972年
山種所蔵の名品。醍醐寺三宝院の枝垂れ桜を描いている。淡い桜。小林古径の法要の帰りに観た桜に感動した土牛(1889年―1990年)が、10年の歳月をかけ完成させたと説明にあった。歴史好きには、豊臣秀吉の「醍醐の花見」が思い出される。秀頼、北政所、淀らと催した盛大な宴。秀吉の最後の花見となった。土牛って101歳の長寿を全うしたのですね。

・「憶昔」小倉遊亀1968年
九谷焼の徳利に山吹の花。山吹の黄色が凛と咲いていました。小倉遊亀(1895年―2000年)。

・「百花」田能村直入
春夏秋冬の花を100種類描いている。まさに百花繚乱の趣きでした。田能村直入(1814年―1907年)。

・牡丹花(墨牡丹)速水御舟1934年
御舟(1894年―1935年)の最晩年の作。黒い牡丹を墨の濃淡のよって描いている。金色の花芯が花に生命を吹き込んでいました。
2011年5月31日観覧

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