2011年1月8日土曜日

加藤廣「秀吉の枷(中)」

 加藤廣の「秀吉の枷(中)」(文春文庫)を読む。

 明智光秀の謀反の企てを事前に察知した秀吉は、本能寺から南蛮寺に通じる秘密の地下通路を塞ぐ。本能寺の変が起り、織田信長が横死する。備中高松城から取って返した秀吉は、光秀を天王山に破る。信長後継争いの先頭に立ち、さらに織田の直系や嫡流を退け、わずか2年半で天下取りを果たす。が、徳川家康は忍びの服部半蔵を遣い、信長の遺品を入手、暗殺の秘密を掴む。
『天下様』となった秀吉だが、その胸中に家康の存在と跡継ぎのいない不安がつきまとうのだった……。

中巻目次
・第六章:遺体は二度消える
・第七章:阿弥陀寺
・第八章:主をうつみ
・第九章:心の闇
・第十章:九州遠征

×  ×  ×

 家康の子どもは、男だけで11人。信長は男だけで8人いたそうです。男児を生ませ後世に血を残し伝えることが、武家の主の一代仕事だったのですね。だから側室がいるのが当たり前でした。
 秀吉の男の子は3人だけでした。正室のおねは子宝に恵まれず、側室の南殿に1人(羽柴秀勝)、淀殿に2人(鶴松と豊臣秀頼)儲けました。そのうち秀勝と鶴松は夭折しています。秀頼は秀吉57歳の子でした。荒淫ともいえるほど側室を漁り、その数300人ともいわれていますが、ただ単に女好きとばかりはいえない事情があったのですね(笑)。

 加藤廣さんは、秀吉が幼少時におたふくかぜを患い、子種に恵まれない身体になったらしいと小説では書いています。
2011年1月6日読了

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2011年1月6日木曜日

山下敬二郎の「ダイアナ」

OH,please stay by me,Diana.
「ダイアナ」はポール・アンカの日本語カバー曲だった。
 日本語に英語が頻繁に混じる歌詞が新鮮に耳に残る。年上の女性(ひと)を激しく恋する歌だった。作詞・作曲はポール・アンカ、訳詞は渡舟人。
 ♪君は僕より年上と まわりの人はいうけれど
  なんってたって構わない 僕は君に首たっけ

「ダイアナ」を代表曲にしていたロカビリー歌手の山下敬二郎(やました・けいじろう)さんが2011年1月5日亡くなった。71歳だった。※以下敬称略

 あの光景は凄まじかった。七色テープがステージ舞っていた。熱狂的なハイティーン少女がステージにかけ上がろうとしていた。山下敬二郎、平尾昌晃、ミッキー・カーチスのロカビリー3人男がギターをかきならし、身体をよじりながら歌っていた。
 1958年(昭和33年)2月8日。有楽町の日本劇場(日劇)で「第1回ウエスタンカーニバル」が開かれた。初日だけで9500人、1週間で4万5000人を動員した。東京ドームや日本武道館がなかった当時、異例の観客動員だった。ちなみに昭和33年は、長嶋茂雄が巨人軍に入団した年。

 日劇の舞台からは小坂一也、水原弘、坂本九、飯田久彦らの人気歌手が巣立って行った。

×  ×  ×

 山下敬二郎の父親は柳家金語楼である。エノケン、ロッパと並ぶ喜劇王だった。落語家であったが、残念ながら噺を聴いたことはない。知っているのは、テレビ草創期のドラマ「おトラさん」やNHKの「ジェスチャークイズ」である。

 金語楼の「おトラさん」はいつも割烹着を着ている女中さんで、平凡な日常生活に起きる笑いを題材としたドラマだった。日活に入る前の和泉雅子が出演していた。若水ヤエ子や谷村昌彦や平凡太郎も出ていたと記憶している。

 そういえば金語楼は「ち、ち、血を増すマスチゲン」なんてクスリのCMソングも歌っていたっけ。

×  ×  ×

 訃報に接し山下敬二郎の「ダイアナ」をYouTubeで聴いてみた。懐かしい。軽快なリズムに乗った、少しハナにかかった歌声があった。

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2011年1月4日火曜日

加賀恭一郎と阿部寛

ちょいmemo:新参者・赤い指のデカ
 3日夜のTBS系「赤い指~『新参者』加賀恭一郎再び!」を観る。
東野圭吾「赤い指」=2010年3月2日当ブログで書評もどき記述
東野圭吾「卒業」=2010年1月16日当ブログで書評もどき記述
東野圭吾「嘘をもうひとつだけ」=2009年12月7日当ブログで書評もどき記述

 阿部寛の加賀恭一郎はなかなかハマリ役ですね。
「新参者」は日本橋署での事件ですが、この「赤い指」はその前の練馬署での出来事です。事件解決とは別に加賀の過去が明らかになっているのが興味深いです。

 加賀恭一郎ってこんなヒトを、ちょいmemoしましょう。

「赤い指」では、溝端淳平が演じた加賀とコンビを組む警視庁捜査一課の刑事松宮脩平は、加賀の従弟で、加賀の父・隆正(山崎努)を本当の父親のように敬愛していることが、わかりました。隆正も刑事だったのです。
 加賀と父・隆正とは、母の蒸発もあり、疎遠になっています。隆正は癌を患い余命いくばくもありません。加賀は父親をけして嫌いではありません。いつも見守っています。ドラマの最後の、病床の隆正の将棋の相手が加賀だと亡くなった後に判明します。父子の情愛が感じられ、泣かせるエピソードです。

×  ×  ×

 テレビドラマの「新参者」で、保険会社の男(香川照之)と剣道で立ち合うシーンがありました。『面』を決められた香川が、加賀に尋ねます。「剣道何段ですか」。加賀は「6段です。大学チャンピオンでした」と告げます。
 国立T大学生のころは、剣道に励み茶道を嗜んでいます。「卒業」では、茶道クラブを舞台に加賀恭一郎は初めての事件に出会い解決します。卒業後、教師になりますが、数年で退職。父親と同じ警察官の道を選びます。短編「嘘をもうひとつだけ」では、クラシックバレーが趣味で造詣も深いことがわかります。

*加賀恭一郎シリーズ(東野圭吾著)
・卒業
・眠りの森
・どちらが彼女を殺したか
・悪意
・私が彼女を殺した
・嘘をもうひとつだけ
・赤い指
・新参者

×  ×  ×

 阿部ちゃんにはこのシリーズをさらにドラマ化してほしい。事件を解くだけでない、人間の悩みに迫り優しい眼差しを注ぐ刑事・加賀恭一郎はハマリ役だよね。

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2011年1月1日土曜日

高峰秀子 FOREVER:銀座カンカン娘

 元旦の訃報に口ずさむ。
 ♪あの娘可愛や カンカン娘
  赤いブラウス サンダルはいて





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大ヒットした曲「銀座カンカン娘」を歌い同名映画に主演した日本映画を代表する女優、高峰秀子さん(たかみね・ひでこ=本名・松山秀子)が、2010年12月28日に亡くなった。86歳だった。大晦日の31日に代理人の弁護士から明らかにされた。よって、2011年1月1日付の新聞各紙に訃報が載った。
 1979年に女優業を引退、その後はエッセイストとして活躍していた。夫は映画監督の松山善三氏。※以下敬称略

「銀座カンカン娘」は作詞・佐伯孝夫、作曲・服部良一のコンビの作品で、1949年(昭和24年)の映画主題歌としてビクターレコードから発売され、主演の高峰秀子自らが歌い大ヒットした。映画「銀座カンカン娘」は同年に新東宝が製作し東宝が配給した。監督は島耕二だった。共演は笠置シズ子、灰田勝彦。
 同曲は井上陽水がカバーしている。

 邦画黄金期を支えた大女優だった。5歳で映画デビューし天才子役と謳われた。代表作は数多い。
・日本初の本格的カラー映画「カルメン故郷に帰る」(1951年・木下惠介監督)
・島の分校の女性教師と生徒の交流を描いた「二十四の瞳」(1954年・木下惠介監督)
・灯台守夫婦の物語「喜びも悲しみも幾歳月」(1957年・木下惠介監督)
・小林桂樹とろう者夫婦を感動的に演じた「名もなく貧しく美しく」(1961年・松山善三監督)

×  ×  ×

「銀座カンカン娘」の歌詞が記憶に残っている。ヒットした当時は幼児だったのに、不思議なことだ。
「カルメン故郷に帰る」はストリッパー役だったなぁ。

 ♪カルピス飲んで カンカン娘
  一つグラスに ストロー二本

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