2010年7月9日金曜日

見あげたもんだよタコ予想

桂梅太郎社長の太宰久雄
 松木安太郎より当たるじゃないか。ドイツ西部にあるオーバーハウゼン水族館のタコ『パウル君』はW杯サッカー準決勝で、ドイツがスペインに敗北すると予言して的中した。ここまでドイツの試合結果6戦を予想し、すべての勝敗を当て、「神託タコ」「超能力タコ」と注目を集めている。

 ドイツ国籍?のタコなのに、スペインが勝つと身を賭しての予想。見あげたもんだよ屋根屋のふんどし、タコ予想だぜ。

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『屋根屋のふんどし』とくりゃ、寅さんだ。「男はつらいよ」。渥美清のあの啖呵売、忘れられないねえ。そして『タコ』とくりゃ、『タコ社長』の太宰久雄(だざい・ひさお)だね。団子の車屋の裏の町工場、朝日印刷を営む桂梅太郎社長だ。寅さんとタコ社長の掛け合いになんど笑ったことか。

「いいか寅。てめえなんかにな、中小企業の経営者の苦労がわかってたまるか」

 頭から湯気を出し?怒りにふるえ泣きださんばかりの演技、ありゃ絶品でした。
 ひょんなことで太宰久雄の名演技を思い出しました。パウル君に感謝!

2010年7月5日月曜日

千葉さなは結婚していた!?

歴史的な新発見かも……
 これは歴史的な発見かもしれない。
 坂本龍馬を慕い彼の紋服の片袖を見つめながら、生涯独身で操を守り通した千葉さな(佐那)の通説はどうやら覆りそうである。

 千葉周作の実弟で剣豪であった千葉定吉の娘で龍馬の婚約者であった千葉さなが、龍馬暗殺後に結婚していたという明治期の新聞記事が見つかったという。
 千葉さなの結婚が載っている新聞は明治期に年横浜で発行されていた毎日新聞(現在の毎日新聞とは無関係)で、歴史研究家のあさくらゆうが発見し、鳥取藩の文書から結婚相手の藩士の実在が確認されたそうだ。信憑性は高そうだ。

 さなの相手は鳥取藩の山口菊次郎という藩士で、龍馬の七回忌後に結婚したが、10年足らずで離婚したという。龍馬の剣の師匠である父親・定吉は結婚に猛反対し「おまえの命はかつて龍馬の霊前に捧げようとしたものではなかったか」と斬ろうとしたという。定吉は鳥取藩の剣術指南を務めていた。
 龍馬と千葉家では結婚の約束があった。千葉家からは短刀を、龍馬はなにも持ちわせないので松平春獄から拝領した紋服を贈ったという。さなは紋服の片袖をとり、大切にしていた。
 甲府のさなの墓には、「坂本龍馬室」と刻まれている。

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「なみだの操」という演歌がある。殿さまキングスの宮路オサムがこぶしを回していたっけ。作詞は千家和也、作曲は彩木雅夫だ。
 ♪あなたのために 守り通した女の操
  今さら人に 捧げれれないわ

 NHK大河ドラマ「龍馬伝」では、『鬼小町』と異名をとる女剣士だが、龍馬ひとすじに想いをかける千葉さなを貫地谷しほりが演じている。

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 龍馬は慶応2年(1866年)におりょう(龍)と結婚している。結婚前に伏見の寺田屋で幕吏に襲撃され、そのときの傷を癒すため、おりょうと薩摩の旅に出た。これが日本人初の新婚旅行といわれている。また、初恋の人といわれる平井加尾も同年に西山志澄を婿養子に迎えている。龍馬の結婚を知り、加尾は諦めて結婚を決意したのだろうか。翌慶応3年、龍馬は京の近江屋で何者かに暗殺されている。

 龍馬は加尾の結婚は知ったはずである。しかし、千葉さなの結婚は知るはずがないが、知ったら草場の陰で、
「龍馬、まっことショックぜよ」なんちゃってね。

 言うわけないか。これまた失礼しましたm(_ _)m

2010年7月4日日曜日

なぜ日本人は落合博満が嫌いか?

テリー伊藤の『日本人論』
 これはテリ―伊藤の落合博満像を通して語る『日本人論』である。

 テリ―伊藤の新刊「なぜ日本人は落合博満が嫌いか?」(角川oneテーマ21)を読む。
 野球人・落合の実績は超一流である。王貞治、長嶋茂雄を凌ぎ、野村克也の上をゆく。唯一匹敵できるのは、打撃の神様にしてV9監督の川上哲治しかいないのではないか。現役時代は史上初の3度の三冠王に輝き、監督6年で3度の日本シリーズ出場、日本一1回の戦績を残している。
 申し分のないキャリア、とんでもスーパースターのはずが、その人気たるやONはもちろん、ぼやきのノムさんと比べても劣る。不当評価はなぜ?

 本著では、その『なぜ』に迫っている。
・日本シリーズでの完全試合目前の投手交代
・マスコミへの愛想なしの寡黙
・ファン感謝デーの欠席
・昭和名球会入りの辞退
 事例をあげ行動の本質を説明し、群れず媚びずわが道をぶれず進む指揮官の根底に流れるのは勝利至上主義であると、説き明かす。

 ついには落合こそ混迷日本を救うリーダーだという。さらに近い将来、中国の代表監督になって日本を脅かす存在になるかもしれないと警鐘する。
 落合を正当に評価できないのは日本人の思想の幼稚化に原因があると、テリ―は論を展開しているである。日本人論と読んだ。

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 あの実績で落合はいまだ野球殿堂入りを果たせない。選ぶ側が狭量な私情をはさんでいると、草球kusatamaは看破している。歴代の指揮官としては、川上、広岡達朗、森祇晶(もり・まさあき)のタイプに近いが、微妙に違うのだよな、落合は……。

2010年7月3日読了なぜ日本人は落合博満が嫌いか? (角川oneテーマ21)

2010年7月2日金曜日

続・司馬遼太郎「人斬り以蔵」

大村益次郎を描いた「鬼謀の人」
 岡田以蔵に辞世の句がある。
君がため尽す心は水の泡
消えにし後は澄みわたる空
 これって、彼が本当に詠んだ句だろうか。

 土佐の武市半平太と以蔵の関係は、薩摩の西郷吉之助と人斬り半次郎といわれたのちの桐野利秋や田中新兵衛にもあてはまるが、親分の度量の差があったようだ。
 司馬は「西郷と武市の、親分としての資質の致命的なちがいは、ユーモアの感覚の有無であったろうか」と書いている。

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 司馬遼太郎の短編集「人斬り以蔵」には日本陸軍の祖といわれる大村益次郎を描いた「鬼謀の人」が収録されている。長州の農村医者の倅、村田蔵六(のちの大村益次郎)が大坂で緒方洪庵の適塾でオランダ語を習得し、長州でさえ誰も知らぬ存在が、特異な才能を発揮し倒幕軍の作戦参謀となる半生を描いている。
 刀の抜き方も知らぬ、馬にも乗れぬ男が彰義隊との上野戦争で、アームストロング砲を駆使して江戸を戦火から救う作戦を指揮する。
 上野戦争の遺恨から、陸軍の礎を築き明治2年に暗殺される。

 司馬は結んでいる――益次郎は歴史がかれを必要としたとき忽然としてあらわれ、その使命がおわると、大急ぎで去った。神秘的でさえある。
 
「花神」は長編バージョン。

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 他に、家康がオランダから輸入したという大砲『ブルキトース』が幕末になって引っ張り出され、使われる話「おお、大砲」が面白かった。
 8編の短編集。いずれも白戸次郎⇒シロイヌ(尾も白い=オモシロイ)。お薦め。
2010年7月1日読了人斬り以蔵 (新潮文庫)