2009年7月12日

ちょいmemo:三 尺 物

股旅物の別称

 「瞼の母」「一本刀土俵入り」「関の弥太っぺ」「沓掛時次郎」などの、各地を旅する博徒、侠客を主人公とし、義理人情の世界を描いた芝居・映画・小説を股旅物という。昭和初期から使われるようになった語。また、三尺物ともいう。
 長谷川伸は股旅物、三尺物の“本家”といっていい御仁である。

 三尺という長さは、「かね尺で約91センチ、鯨尺で約114センチ」。侠客は三尺帯を締めていた。通常は二重か三重に巻く帯だが、侠客は短い三尺帯(約1メートル)を一重に巻き体の前で結んでいたという。後ろから帯を掴まれても簡単に解け、逃げられる。用心からの生まれた風俗だった。というわけで、三尺帯を着用していた侠客が主人公となる芝居・講談・浪曲などの演目を、「三尺物」というようになった――豆知識でした。

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 あの名台詞シリーズ
①お富さん=3月30日記
②弁天小僧=4月4日記
③遠山桜=4月5日記
④三人吉三=4月7日記
⑤多羅尾伴内=4月9日記
⑥壷坂霊験記=4月11日記
⑦絶景かな=4月14日記
⑧瞼の母=5月9日記
⑨一本刀土俵り=7月5日記
⑩関の弥太っぺ=7月8日記
⑪沓掛時次郎=7月11日記

2009年7月11日

あの名台詞:沓掛時次郎

雷蔵、錦之助が演じた

 ガキのころ、映画や芝居の台詞を覚えるのが好きだった。長谷川伸シリーズの今回は、「沓掛時次郎」である。

あっしは旅人でござんす。一宿一飯の恩があるので、怨みもつらみもねぇお前さんに敵対する、信州沓掛の時次郎というくだらねぇ者でござんす。

左様でござんすか。手前もしがねぇ者でござんす。ご丁寧なお言葉で、お心のうちはくみとりまするでござんす。

 信州沓掛生まれの時次郎は、親分なし子分なし一本独鈷の旅烏。一宿一飯の恩義から、なんの怨みもない六ツ田の三蔵を長脇差のやりとりをする破目になり斬ってしまう。息を引き取る間際、三蔵は女房おきぬと倅の太郎吉を、おきぬの在所に送り届けることを託される。亭主の敵と旅をするおきぬは時次郎を憎んでいたが、月日の流れと時次郎の誠に心を開き、いつしか愛するように‥‥。

 名台詞は沓掛時次郎と六ツ田三蔵が、白刃を交える前の口上である。

 1961年(昭和36年)大映で、市川雷蔵が時次郎を、おきぬに新珠三千代で映画化されている。監督は池広一夫だった。主題歌は橋幸夫が歌った。作詞は佐伯孝夫、作曲は吉田正。
 ♪女知らずが 女の世話を
  その上 坊やの手をひけば

 1966年には東映で、中村錦之助の時次郎と池内淳子のおきぬのコンビで、加藤泰監督で撮っている。このときの六ツ田の三蔵は東千代之介だった。

 戦前にも大河内伝次郎、林長二郎(後の長谷川一夫)が時次郎役を映画で演じている。1928年(昭和3年)に発表された長谷川伸の戯曲だが、当代きっての時代劇俳優が演じるほどに魅力的な役柄だった。

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 そういえば、超人気テレビ番組「てなもんや三度笠」(1962年~1968年朝日放送)で藤田まことが扮した「あんかけの時次郎」は、本家の沓掛時次郎のパロディであった。
 「泉州は信太の生まれ。あんかけの時次郎。義理にゃ強いが人情にゃ弱い。男の中の男一匹‥‥」と、番組の最初に口上を述べ寸劇があり、「オレがこんなに強いのも、あたり前田のクラッカー」とコマーシャルに繋げていたっけ。

2009年7月10日

クレオパトラが愛した都

海のエジプト展

 横浜・みなとみらいのパシフィコ横浜で開催中の「海のエジプト展~海底からよみがえる、古代都市アレキサンドリアの至宝~」(6月27日~9月23日)を観る。
 「海のエジプト展」は地中海に面した街の海底から発掘された遺物を紹介し、紀元前700年から後800年の古代エジプトの末期王朝から「プトレマイオス朝」、「ギリシャ」「ローマ」時代へと繋がる1500年の歴史を辿っている。
 「カノープス」「ヘラクレイオン」「アレキサンドリア」という3つの古代都市ごとに発掘された遺物490点余りを展示している。
・聖なる癒しの都カノープスCanopus
・神々とファラオが出会う都ヘラクレイオンHeracleion
・クレオパトラが愛した都アレキサンドリアAlexandria
 高さ5メートルを超えるファラオの石像やヒエログリフ(神聖文字)がはっきり読み取れるネクタネボ1世のステラ(石碑)も素晴らしかったが、クレオパトラの宮殿があったアレキサンドリアに馴染みがあり、興味を惹かれた。

 アレキサンドリアは、アレキサンダー(アレキサンドロス)大王がプトレマイオス朝の都を置いた場所で、現在でもカイロに次ぐエジプト第2の都市。プトレマイオス朝最後の王が絶世の美女を謳われたクレオパトラ7世で、カエサル(シーザー)との息子を表したといわれるカエサリオン像の頭部が展示されていた。
 紀元前31年、クレオパトラ・アントニウス連合軍はオクタヴィアヌスのローマ軍と戦い、敗れる。クレオパトラはオクタヴィアヌスに屈することを拒み、毒蛇コブラに乳房を噛ませ自殺したと伝えられている。エジプトを征服したオクタヴィアヌスは、「カエサルの後継者」となる虞(おそれ)があるカエサリオンを殺害した。ここにプトレマイオス朝は終焉を迎えた。

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 「阿修羅展」の教訓から超混雑を避けようと、開門(9時30分)前に到着したが、比較的快適に閲覧できた。学生が夏休みに入る前、今が観る絶好機だと思う。
2009年7月9日観展

2009年7月8日

名台詞:関の弥太っぺ

中村錦之助の光る瞳

 ガキのころ、映画や芝居の台詞を覚えるのが好きだった。「瞼の母」「一本刀土俵入り」のあとは、「関の弥太っぺ」とする。長谷川伸戯曲シリーズである。
 
この娑婆には辛い事、悲しい事がたくさんある。忘れるこった。忘れて明日になれば・・・。(空を見上げて)ああ、明日は晴れだなぁ。

 1963年(昭和38年)の東映作品、中村錦之助(後の萬屋錦之介)の「関の弥太っぺ」を観た。錦之助のオーラが映画館を包んでいた。瞳がキラキラ輝いていた。それほどに勢いのある芝居だった。監督は山下耕作で、日本映画の傑作といわれる。

 生き別れた妹を探す旅人、関本の弥太郎、通称「関の弥太っぺ」は、川にはまった少女お小夜を助ける。お小夜は父親和吉と旅をしていた。その和吉が金の諍いから箱田の森介に斬られる。いまわの際に和吉からお小夜を宿場の旅籠、沢井屋に送り届けることを頼まれる弥太郎。父親の死を知らないお小夜に、語りかける弥太郎の台詞が、「この娑婆には辛い事―」である。
 お小夜を無事送り届けた弥太郎は、名も告げず旅立つ。
 探していた妹は死んだことを知った弥太郎は生きる目的を失う。
 それから10年。弥太郎の風貌は一変していた。助っ人稼業に心は荒んでいた。出入りで出会った旧知の田毎の才兵衛から、お小夜とその家族が恩人である旅人を探していると聞く。
 10年ぶりに再会する弥太郎とお小夜。だが、お小夜は弥太郎に気づかない。別れ際、「この娑婆には辛い事―」とあの台詞が再び弥太郎から語られる。すべてを悟ったお小夜は弥太郎のあとを追う――。
 名台詞が物語のキーワードになっているのだ。

 お小夜に十朱幸代、箱田の森介に木村功、田毎の才兵衛に月形龍之介、堺の和吉に大坂志郎が扮した。男の身勝手さを演じた木村功の演技が絶妙だったと、記憶している。

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 ちなみに1959年大映で長谷川一夫も「関の弥太ッペ」を演じている。箱田の森介に勝新太郎、お小夜は中村玉緒だった。この映画は残念ながら、観ていない。

2009年7月5日

名台詞:一本刀土俵入り

加東大介の駒形茂兵衛

 ガキのころ、映画や芝居の台詞を覚えるのが好きだった。「あの名台詞―」は、そんな昔を語るシリーズである。
・お富さん=3月30日記
・弁天小僧=4月4日記
・遠山桜=4月5日記
・三人吉三=4月7日記
・多羅尾伴内=4月9日記
・壷坂霊験記=4月11日記
・絶景かな=4月14日記
・瞼の母=5月9日記
と、8本書いて、ほったらかしていたが、まだまだ続けたい。第8弾の「瞼の母」以来、約2ヶ月ぶりに登場する演目は、やはり長谷川伸原作の「一本刀土俵入り」である。

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親子三人、いつまでも仲良くお暮らしなさんせ。
十年前に、櫛(くし)、簪(かんざし)、巾着ぐるみ、
意見をもらった姐はんへ
せめて見てもらう駒形の
しがねぇ姿の土俵入りでござんす。

 取手宿。親方に見放され食い詰めた力士、茂兵衛は酌婦のお蔦から櫛、簪、巾着までもらい世話になる。10年後、力士を断念しやくざになった茂兵衛は取手を訪ねる。お蔦の夫がいかさま博打でやくざに追われ、お蔦のもとに逃げてきていた。恩返しに茂兵衛は追っ手のやくざを引き受ける。相手のやくざの親分は草相撲で鳴らした男。長脇差を捨て相撲で勝負を挑んできたが、茂兵衛は投げ飛ばす。横綱にはなれなかったが、恩ある人に見せる、これがせめてもの土俵入りだった。
 
 1957年(昭和32年)東宝映画で観た。駒形茂兵衛に加東大介、お蔦に越路吹雪が扮していた。監督はマキノ雅弘だった。ちなみに、加東大介の兄は沢村国太郎、姉は沢村貞子、甥は長門裕之、津川雅彦。

 三波春夫が歌う「一本刀土俵入り」もよく聴いた。作詞は藤田まさと、作曲は春川一夫。1960年の作品。
 ♪千両万両と 積んだとて
  銭に買えない 人ごころ
 長い台詞が入る。
「角力になれず、やくざになって尋ねてみりゃ、この始末。さぁ、姐さん、この金もってお行きなせえまし。飛ぶにゃ今が潮時だ。あとはあっしが引き受けました」

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 三波春夫の「一本刀土俵り」は近くの映画館の幕間に流れていたっけ。台詞入りの歌謡曲は、聴くほうが照れくさかったが、今となると物語が浮かんできて、実にいいもんだなぁ。

2009年7月2日

堂場瞬一「蒼の悔恨」

魅力ある真崎薫

 堂場瞬一の「蒼の悔恨」(PHP文庫)を読む。
 神奈川県警捜査一課の刑事、真崎薫が主人公。堂場のヒット・シリーズ鳴沢了と同様、上司の命令はきかず自分流に捜査を進める“はみ出しデカ”である。鳴沢との相違は、酒を飲み、煙草ラッキー・ストライクを吸う。自分の名前「薫」が大嫌い。ポトフやビーフシチューを上手に作る料理好き。愛車は10年型落ちのBMW、180センチ超の長身でハンサムと、主人公のキャラクターは魅力的だ。
 連続殺人犯、青井猛郎を、真崎は初めてコンビを組んだ女性刑事、赤澤奈津ともに大けがを負った上、取り逃がす失態を演じる。その汚名を返上しようと立ち上がる。奈津の父は横浜随一の宝石商、海星社の社長。闇の世界で隠然たる存在の新世界飯店の店主、楊貞姫(ヤン・ジェン・ジー)が登場したりして、横浜ムードもある小説に仕上がっている。
 犯人を挙げた真崎は奈津に「君を愛させてくれ」と叫ぶ。ラストシーンもいい。
 
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 まぁ、欠点は挙げないようにしょう。愉しく読めればよしとする。
 貶されるって誰でもイヤだよね。若い時分、草野球音は褒めれれて成長する典型だったなぁ。つまりお調子モノだったから。
2009年6月25日読了

2009年6月18日

レオナール・フジタ展

パリ派の代表画家

 横浜駅東口のそごう美術館(そごう横浜店6階)で「レオナール・フジタ展」(6月12日~7月21日)を観る。
 「よみがえる幻の壁画たち 世界を魅了した天才画家、藤田嗣治。」と副題にあるように、藤田嗣治(Leonard Foujita1886年―1968年)の作品を集めた展覧会。壁画は、1992年にフランスのオルリー空港近くの倉庫で発見され、6年の歳月をかけ修復後、フジタの没後40年の昨年日本で公開され話題となった。その大作壁画4点と、日本で手掛けた作品、仏エソンヌ県のアトリエ再現、ランスの「平和聖母礼拝堂」建設の資料・習作などを展覧している。

 藤田嗣治は、エコール・ド・パリ(パリ派)の代表的な画家で、1920~1930年代「乳白色の肌」といわれた裸婦像がフランス画壇の寵児となった。戦時中の戦争画が、戦後になって批判・バッシングを受け、日本を離れた。日本に嫌気がさし1955年フランス国籍を取得し、1959年カトリックの洗礼を受けLeonard Foujitaになった。
 
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 下世話だが、フジタは結婚を5度もしているだよね。最期を看取ったのは、5番目の妻・君代だった。その君代が今年4月2日亡くなった。98歳だった。彼女の遺骨は、ランスのフジタ礼拝堂に彼とともに眠っているそうだ。
2009年6月16日観展