2012年2月11日土曜日

細見美術館展PartⅠ:そごう美術館

若冲コレクションはPartⅡ開催に期待
 「京都 細見美術館展PartⅠ都の遊び・王朝の美―美を愛でる、京を知る―」(201224日~320日)を横浜駅東口そごう美術館で観る。歌仙絵や物語絵、祭礼・遊楽図屏風、調度品のほか、俵屋宗達、円山応挙、伊藤若冲から近代の神坂雪佳にいたる京の絵師の絵画など、京都にまつわる作品約80点を展示している。PartⅡ「琳派・若冲と雅の世界」が5月末から開催される。

×  ×  ×

お目当ては若冲である。
2000年の京都国立博物館での没後200年の展覧会で若冲ブームが起ったとか。
わたしは米国人のジョー・プライス氏のコレクションをテレビで観て、その絵の訴える迫力というかオーラにすっかり魅せられた。
2010年の千葉市美術館での水墨画を中心とした「伊藤若冲アナザーワールド」も観に行った。昨年NHKBSプレミアムで放送された嵐の大野智がナビゲーターを務めた「若冲ミラクルワールド」も観て、ますますハマった。

若冲の優品で知られる細見美術館展である。
今回2点展示されている。
「伏見人形図」がカワユイ。お坊さんがゆるキャラのようで、ほのぼの雰囲気。晩年の作だそうだ。癒されます。
期待の大きさに比べ、2点は正直物足りないが、5月末から開催されるPartⅡで細見美術館の若冲コレクションが披露されそうなので、それまで待つことにしよう。

本展構成
1:王朝の雅―和歌と物語―
2:都の四季―遊びと飾り―
3:京の絵師―若冲から雪佳まで―

・神坂雪佳(かみさか・せっか):1866年(慶応2年)~1942年(昭和17年) 明治から昭和にかけて絵画と工芸の分野で活躍。琳派の影響を受ける。
201229日観覧

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2012年2月7日火曜日

平清盛展:江戸東京博物館

信長の400年前、龍馬の700年前、今から900年前の日本の覇者
今から900年前、貴族政治が衰退し初めて武士の世を作り上げた時代の挑戦者・平清盛を描くNHK大河ドラマが始まった。その清盛の時代を理解しテレビ視聴をより楽しむため、「平清盛展」を東京・両国の江戸東京博物館(201212日~25日)で観る。

世界遺産・厳島神社に伝わる至宝や、平安末期の美術品・工芸品など国宝、重要文化財を含む約120点が展示されている。
 
 

本展構成
・第1章:平氏隆盛の足跡
・第2章:清盛をめぐる人々
・第3章:平氏の守り神―厳島神社
・第4章:平氏の時代と新たな文化
・第5章:平家物語の世界

大河ドラマ「平清盛」(松山ケンイチ主演)の視聴率は、まだ序盤ながら20%に届かず低迷中とか。どこぞの県知事が「画面が汚い」とのクレームもあった。

坂本龍馬や西行隆盛らの幕末ものの「龍馬伝」や、信長、秀吉、家康ら戦国武将が登場した「江」などと比べ、平安時代というのは馴染みがないからだろうか。

信長から400年前、龍馬からは700年前、そして今から900年前。日本の覇者となった武士(もののふ)のドラマ、本展を観ながら、歴史を知れば必ずや面白くなってくる(と思いましたぞ)。


×  ×  ×

「棟梁」(とうりょう)という言葉がドラマにしばしば登場する。平氏の棟梁、忠盛――なんて。
江戸時代になって「大工(でえく)の棟梁」なんて使われたが、その語源。
・棟梁(とうりょう)
 棟(むね)と梁(はり)。棟は、屋根の最も高いところ。梁は、屋根を支える両側の支柱に架け渡す横木。建物の構造から重要な構造を譬えに用いた言葉。組織・仕事を束ねる中心人物。
 
また、ドラマをより味わうために、清盛が造営に腐心した海に浮かぶ荘厳な「厳島神社」や「平家納経」、「日宋貿易」などキーワードをきっちり理解したいですな。
2012年2月2日観覧

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2012年2月4日土曜日

津本陽「塚原卜伝 十ニ番勝負」

*剣聖と老け役のつながりとは……。
津本陽の「塚原卜伝 十ニ番勝負」(PHP文庫)を読む。


剣聖・塚原卜伝の「卜」という字に興味を持ったのは、ガキのころだった。左卜全(ひだり・ぼくぜん)というとぼけた味のある名脇役がいた。晩年には「老人と子供のポルカ」なんて歌がヒットした。カタカナの「ト」がどうして「ぼく」と読むのか不思議だった。

漢字「卜」は、音読み「ぼく」で訓読みは「うらなう」。
デジタル大辞泉には、
1亀の甲を用いて吉凶を判断すること。一般に「うらない」。「うらなう」。
2選び定める。
とある。
 
卜伝も卜全も、同じ意味合いで名付けられたのだろう。
さしずめ卜伝はバカに腕が立つ三船敏郎あたりの役どころだが、飄々とした老け役の左卜全とは、イメージが違いすぎるのだ。

卜伝と卜全――ガキのころの疑問を、読むうちにふと思い出した。


若年にして鹿島古流の太刀を会得した塚原新右衛門は17歳で武者修行の旅に出て、剣技を磨く。生涯3度の諸国遍歴を行い、19度の真剣勝負、39度の合戦、剣士212人を倒し、無敗を貫いた。鹿島神宮に千日間の参籠し「一つの太刀」と呼ばれる一撃必殺の神技を身に付けた。新右衛門から卜伝と名を改め剣聖に至るまでの波乱万丈の死闘・名勝負十ニ番を描く。

目次
・第一番 捨て身の一撃
・第二番 海内無双の剣
・第三番 廃墟の鬼
・第四番 一拍子の太刀
・第五番 闇中の剣士
・第六番 石割りの太刀
・第七番 一つの太刀
・第八番 飯綱使い
・第九番 邪剣の主
・第十番 抜け穴の敵
・第十一番 春宵弧鷺の太刀
・第十ニ番 晩花繚乱
201221日読了

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2012年2月2日木曜日

佐藤義清は世を捨て西行となった

女の坊主がプロになるとアマ(尼)になる――
 そして、北面の武士、佐藤義清(さとうのりきよ)は出家して西行となった。

NHK大河ドラマ「平清盛」に佐藤義清(藤木直人)が清盛(松山ケンイチ)の同僚で登場している。ともに鳥羽上皇に仕え警護にあたる北面の武士。
った。ょうどうに才能北面の義清は流鏑馬(やぶさめ)、蹴鞠(けまり)、和歌に優れ文武両道のエリートだった。
 
 

 ドラマの設定では、白河院の愛妾にして鳥羽院の中宮、待賢門院・璋子(檀れい)に道ならぬ恋心を抱き、出世を捨て出家し西行と名乗り、後世に「漂泊の歌人」と謳われた。

 西行の出家の原因は諸説あるそうな。待賢門院への失恋もそのひとつだが、友人の急死により無常を感じたという説とか、本当のところは判っていない。
「奇兵隊」を組織した幕末の志士、高杉晋作は西行をもじって「東行」と号した。
――以上、簡単メモランダム。

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2012年1月29日日曜日

名物刀剣展:徳川美術館

家康が愛した刀剣は神々しく美しかった。
名古屋市の徳川美術館で特別展「名物刀剣―宝物の日本刀―」(201214日~25日)を観る。

×  ×  ×

刀といえば、俗っぽいので国定忠治ぐらいしか浮かばない。
――加賀の国の住人、小松五郎義兼が鍛えし業物(わざもの)
万年溜の雪水に浄(きよ)めて
俺にゃあ生涯 手前という強い味方があったのだ。
 故郷を追われ赤城山を降りる忠治が子分たちと別れる場面の名台詞(せりふ)だ。

♪男ごころに 男が惚れて
意気がとけ合う 赤城山
東海林太郎の「名月赤城山」や、広沢虎造の浪花節の世界である。

 
時代小説を読むので、新撰組隊長・近藤勇に「今宵の虎徹は血に飢えている」といわせた「長曽祢興里虎徹」も少しばかり知っている。

 
本展の刀剣は、国定忠治や近藤勇より高尚なのだろうか。
その辺がド素人でわからない。
ただ、展示されている刀剣は神々しく美しかった。

優れた名刀を「名物」と呼び、江戸時代中期の「享保名物帳」に登場する刀剣は特に尊ばれた。「享保」といえば、「享保の改革」の徳川8代、「暴れん坊将軍」吉宗である。享保4年(1719年)、「享保名物帳」は吉宗の命により研磨・鑑定を家業した本阿弥光忠(ほんあみこうちゅう)が全国に散在する古今の名物といわれる刀剣168振を選び、その由来を記した天下名刀の一覧表である。

 本展では国宝9件、重要文化財25件、重要美術品4件が展示されている。
構成
一、 名物刀剣の発生
二、 名物刀剣の展開
三、 名物刀剣の焼失 (1)於大坂城=大坂落城 2)於江戸城(明暦の大火)
四、 享保名物の編成 (1)名物三作 (2)諸国の名物
五、 御家名物

目を引いた刀剣
*刀 無銘 一文字 名物 南泉一文字=重要文化財 鎌倉時代13世紀
絢爛豪華な刃文を誇り、室町将軍家―豊臣秀吉―秀頼―徳川家康を経て尾張徳川初代・義直の所蔵

 
*短刀 銘 備州長船景光/元亨三年三月日 号 謙信景光=国宝 鎌倉時代元亨3年(1323
 指表に「秩父大菩薩」、裏に梵字の彫物を隠刻。謙信所蔵

*刀 金象嵌銘 本多中務所持/正宗 本阿(花押) 名物 中務正宗(桑名正宗)=国宝 鎌倉時代14世紀
 名物三作のひとつ。徳川四天王のひとり忠勝は家康に献上。徳川家伝来。

*短刀 無銘 正宗 名物 庖丁正宗=国宝 鎌倉時代14世紀
 家康の遺品(駿府御分物)として尾張家に譲られた。

 尾張藩は御三家の筆頭
・第一展示室 武家のシンボル―武具・刀剣―
・第二展示室 大名の数寄―茶の湯―
・第三展示室 大名の室礼―書院飾り―
・第四展示室 武家の式楽―能―
・第五展示室 武家の雅―奥道具―
・第六展示室 王朝の華―源氏物語絵巻―
と、さすがに収蔵品が充実している。見応え十分だった。
2012126日観覧

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2012年1月28日土曜日

尾張名古屋は城でもつ

名古屋日帰り観光(or 敢行)しましたぞ。


 まず見物は名古屋城から。尾張名古屋は城でもつ――と謳われた名古屋の象徴。実は何10回と訪れているのだが、仕事場と飲屋ばかりで観光はからっきしゼロ。今回10年ぶりの名古屋で、初めて金鯱で知られる名城を観ました。

さて、名古屋城の歴史です。徳川家康が慶長14年(1609年)九男・義直のため尾張藩の居城を当地に決め、慶長20年に完成しました。東海道の要所であり、大坂方への備えの城でした。また織田信長誕生したとされる那古野城(なごやじょう)の跡地周辺に築城されました。
普請には秀吉恩顧の加藤清正、福島正則らが家康の命であたっています。高度の技術が要求された天守台の石垣は清正が築きました。
当時の金鯱(きんしゃち、きんこ、きんのしゃちほこ)は一対(北側が雄、南側は雌)で慶長大判1940枚分、純金にして215.3キロの金が使われていたそうな。鯱とは姿が魚で頭が虎の想像上の動物。

慶長という時代は、戦国の激動末期です。名古屋城の築城の期間は、淀・秀頼と家康とのパワーゲームの真っ最中でした。
3年:豊臣秀吉の死去
5年:関ヶ原の戦い
8年:家康が征夷大将軍に任じられ江戸開府
9年:慶長大地震
19年:大坂冬の陣
20年:大坂夏の陣
で、豊臣家が滅亡。
かくして長い安定の武家政権・江戸へ時代はめぐります。



 いきなり城内で会ったのはなかなか可愛いらしい「はち丸」でした。名古屋城ゆるキャラ。丸八印の風呂敷包みを担いだ殿さまで、生年は1610年(慶長15年)とか。402歳にはとてもとても見えない。お若く見えました(笑)。ちなみに丸に八は名古屋市の市章です。
 帰路には名古屋おもてなし武将隊の前田慶次(利益)とバッタリ。戦国一のカブキ者。遠目ながら彼はイケメンでしたぞ。
「ハチ丸」も「前田慶次」も見物人との記念撮影に忙しい様子でした。
2012126日観覧

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2012年1月24日火曜日

東野圭吾「麒麟の翼」

阿部ちゃんの加賀恭一郎は小説を具現化した。
 加賀恭一郎は単に事件を解決に導くだけでなく、事件の奥に潜む人間の悩みにも目を向ける刑事である。理と情を備えた男。加賀の人間味こそが、シリーズ人気の秘密ではないだろうか。
2010年放送のTBSドラマ「新参者」は毎週欠かさなかった。2011年新春のSP番組「赤い指」も観た。
小説に登場する加賀刑事は、主演の阿部寛によって具現化され、より魅力的になった。


加賀恭一郎シリーズ第9弾。「麒麟の翼」が同名タイトルで映画化されたと聞き、東野圭吾の「麒麟の翼」(講談社)を読む。

大きな翼を持つ麒麟の像はかつての五街道の起点、日本橋の中央部にある。
その像の下でもたれかけている男・青柳武明を、巡査が見つけた。男の胸にはナイフが刺さっていた。病院に運ばれたが、死亡が確認された。どうやら付近で刺された後、ここまでたどり着いたらしい。
現場近くで事件直後に不審な男・八島冬樹が逃走中に車にはねられ、意識不明に陥った。八島の持ち物から青柳の財布が見つかった。
警察は青柳殺しの犯人を八島と断定し、裏付け捜査を始めた。
日本橋署刑事の加賀恭一郎は、青柳がなぜ瀕死の状態で麒麟の像までやってきたのか、疑問を抱いた……・。

「新参者」に続き加賀が、従弟で警視庁捜査一課の刑事・松宮脩平とコンビを組む。

*加賀恭一郎シリーズ
1・卒業
2・眠りの森
3・どちらかが彼女を殺した
4・悪意
5・私が彼を殺した
6・嘘をもうひとつだけ
7・赤い指
8・新参者
9・麒麟の翼

×  ×  ×

映画「麒麟の翼」は、TBSドラマと同様で加賀恭一郎に阿部寛、松宮脩平に溝端淳平のキャストで、容疑者の恋人役で新垣結衣が出演しているそうな。
 東野圭吾さんはさすがに当代有数のストーリーテラー、心地よいテンポで物語に惹き込まれました。シロイヌ。
2012123日読了

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