再興第94回院展
黄土色の砂漠をラクダに乗った隊商が黙々と往く――。横浜駅東口のそごう美術館(そごう横浜店6 F)で「再興第94回院展」(2009年11月128日~12月23日)を観る。なんといっても、12月2日に79歳で亡くなられた日本画家で文化勲章受章者、平山郁夫の作品が目当てだった。今秋に描きあげた『文明の十字路を往く―アナトリア高原 カッパドキア、トルコ』が展示されている。
× × ×
再興院展は、1914年から続く日本美術院による日本画の公募展。日本美術院は岡倉天心が中心になって1898年(明治31年)創立した日本画の研究団体で、横山大観、下村観山、今村紫紅、速水御舟ら絵画史を彩った俊英を輩出している。
本年度の院展受賞者
・内閣総理大臣賞 川瀬麿士『韻』
・文部大臣賞 今井珠泉『静日(イヌワシ)静夜(流氷』
・日本美術院賞(大観賞) 井手康人『不二一元』、岸野香『シンフォニー』
本展では88点が展示されている。
× × ×
『文明の十字路を往く』―絵の前でしばし見惚れていた。平山最後の大作だろうか。そごう美術館は、いつもより人出が多く、平山郁夫の人気を物語っていた。
2009年12月10日観覧
2009年12月10日木曜日
2009年12月3日木曜日
水の江滝子 forever
日活アクションの黄金期
水の江滝子が亡くなった。2009年11月16日のことだった。「ターキー」の名で親しまれた元女優で映画プロデューサー。94歳だった。
× × ×
・石原裕次郎の育ての親だった。石原慎太郎の芥川受賞「太陽の季節」の同名映画化作品に主人公の友人役で初出演した慎太郎の弟、裕次郎を第二作「狂った果実」で主演させ、スパースターに育てた。上原謙の代表される超ハンサムのみがスターになりえた映画界に、裕次郎の登場は衝撃をもたらした。
・企画・制作した映画は76本。訃報を知り口ずさんだ。
♪霧が流れて むせぶような波止場
思い出させてヨー また泣ける
裕次郎のヒット曲「俺は待ってるぜ」だ。作詞・石崎正美、作曲は上原謙六。曲のイメージから兄の慎太郎が脚本を書いて、1957年(昭和32年)日活で映画化された。主演はもちろん裕次郎。相手役は北原三枝。監督は「憎いあンちくしょう」「栄光の5000キロ」の蔵原惟繕(くらはら・これよし)でデビュー作品。プロデュースは水の江滝子だった。
・赤木圭一郎主演の映画「霧笛が俺を呼んでいる」の企画も水の江だった。1960年(昭和35年)日活作品。共演は芦川いづみで、吉永小百合も出演していたっけ。監督は山崎徳治郎、脚本は熊井啓。日活アクションの黄金期だったなぁ。
♪霧に波止場に 帰って来たら
待っていたのは 悲しいうわさ
作詞は水木かおる、作曲は藤原秀行だった。
・NHK「ジェスチャー」にも出演していた。白組キャプテンに柳家金語楼、紅組は水の江滝子。司会は高橋圭三、小川宏。問題をジェスチャーだけで表し、それを当てていく番組で、人気があり1953年から1968年まで続いた。印象の残っているシーンがある。「俺は待ってるぜ」という出題で、水の江が手掛けた映画のポスターそっくりに、右足を波止場の舫杭(もやいぐい)に乗せたポーズをとると、女性軍からすかさず正解がかえってきたのだ。その様の決まり方。「ターキー」として活躍した男装の麗人を彷彿させたのだった。
× × ×
1993年(平成5年)森繁久弥を葬儀委員長に生前葬を華やかに執り行った。森繁の死去から6日後、後を追うように永眠した水の江滝子だった。
水の江滝子が亡くなった。2009年11月16日のことだった。「ターキー」の名で親しまれた元女優で映画プロデューサー。94歳だった。
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・石原裕次郎の育ての親だった。石原慎太郎の芥川受賞「太陽の季節」の同名映画化作品に主人公の友人役で初出演した慎太郎の弟、裕次郎を第二作「狂った果実」で主演させ、スパースターに育てた。上原謙の代表される超ハンサムのみがスターになりえた映画界に、裕次郎の登場は衝撃をもたらした。
・企画・制作した映画は76本。訃報を知り口ずさんだ。
♪霧が流れて むせぶような波止場
思い出させてヨー また泣ける
裕次郎のヒット曲「俺は待ってるぜ」だ。作詞・石崎正美、作曲は上原謙六。曲のイメージから兄の慎太郎が脚本を書いて、1957年(昭和32年)日活で映画化された。主演はもちろん裕次郎。相手役は北原三枝。監督は「憎いあンちくしょう」「栄光の5000キロ」の蔵原惟繕(くらはら・これよし)でデビュー作品。プロデュースは水の江滝子だった。
・赤木圭一郎主演の映画「霧笛が俺を呼んでいる」の企画も水の江だった。1960年(昭和35年)日活作品。共演は芦川いづみで、吉永小百合も出演していたっけ。監督は山崎徳治郎、脚本は熊井啓。日活アクションの黄金期だったなぁ。
♪霧に波止場に 帰って来たら
待っていたのは 悲しいうわさ
作詞は水木かおる、作曲は藤原秀行だった。
・NHK「ジェスチャー」にも出演していた。白組キャプテンに柳家金語楼、紅組は水の江滝子。司会は高橋圭三、小川宏。問題をジェスチャーだけで表し、それを当てていく番組で、人気があり1953年から1968年まで続いた。印象の残っているシーンがある。「俺は待ってるぜ」という出題で、水の江が手掛けた映画のポスターそっくりに、右足を波止場の舫杭(もやいぐい)に乗せたポーズをとると、女性軍からすかさず正解がかえってきたのだ。その様の決まり方。「ターキー」として活躍した男装の麗人を彷彿させたのだった。
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1993年(平成5年)森繁久弥を葬儀委員長に生前葬を華やかに執り行った。森繁の死去から6日後、後を追うように永眠した水の江滝子だった。
2009年12月1日火曜日
東野圭吾「悪意」
加賀恭一郎シリーズ
東野圭吾の「悪意」(講談社文庫)を読む。加賀恭一郎シリーズの第4作とか。
・告白の章 野々口修による手記
・過去の章その一 加賀恭一郎の記録
・過去の章その二 彼等を知る者たちの話
・過去の章その三 加賀恭一郎の回想
・真実の章 加賀恭一郎による解明
× × ×
早々と犯人がわれる。ミステリーとして興醒めと思いきや、どっこい! そこからが東野圭吾の筆力で読ませる。
恥ずかしながら、草野は加賀恭一郎シリーズを読んだことがなかった。「探偵ガリレオ」「予知夢」「容疑者Xの献身」の湯川学とは面識があるのだが(笑)、加賀サンは初対面だ。次はシリーズ作品、なにを読もうか、楽しみになってきた。
2009年11月30日読了悪意 (講談社文庫)
東野圭吾の「悪意」(講談社文庫)を読む。加賀恭一郎シリーズの第4作とか。
人気作家の日高邦彦が自宅の仕事場で殺された。第一発見者は妻の日高理恵と日高の中学時代からの友人で児童向けの小説を書いている野々口修だった。事件を追う刑事の加賀は、捜査の早い段階から前職の教師時代の同僚、野々口を犯人と睨むが、動機が思い当たらない。綿密な捜査を続ける加賀の前に、幾重にも巧妙に仕掛けられた罠が明らかになっていく。
・事件の章 野々口修による手記
・疑惑の章 加賀恭一郎の記録
・解決の章 野々口修による手記
・追及の章 加賀恭一郎の独白・告白の章 野々口修による手記
・過去の章その一 加賀恭一郎の記録
・過去の章その二 彼等を知る者たちの話
・過去の章その三 加賀恭一郎の回想
・真実の章 加賀恭一郎による解明
× × ×
早々と犯人がわれる。ミステリーとして興醒めと思いきや、どっこい! そこからが東野圭吾の筆力で読ませる。
恥ずかしながら、草野は加賀恭一郎シリーズを読んだことがなかった。「探偵ガリレオ」「予知夢」「容疑者Xの献身」の湯川学とは面識があるのだが(笑)、加賀サンは初対面だ。次はシリーズ作品、なにを読もうか、楽しみになってきた。
2009年11月30日読了悪意 (講談社文庫)
2009年11月24日火曜日
丘灯至夫 FOREVER
ああ 高校三年生
♪赤い夕日が 校舎をそめて
ニレの木陰に 弾む声
舟木一夫が学ラン姿で歌い大ヒットした「高校三年生」の作詞家、丘灯至夫(おか・としお)が2009年11月24日亡くなった。92歳だった。
♪フォークダンスの 手をとれば
甘く匂うよ 黒髪が
歌詞に胸がキュンとなったものだ。昭和38年(1963年)、作曲は遠藤実、その門下生の舟木のデビュー曲だった。
昭和32年(1957年)には初代コロムビア・ローズの「東京のバスガール」も作詞している。こちらの作曲は上原げんと。
♪若い希望も 恋もある
ビルの街から 山の手へ
そういえば、当時ワンマンバスはなく、若い女の車掌さんが乗っていた。「発車、オーライ」。紺の制服を着て切符を渡していたっけ。
× × ×
耳に残る丘の名作がまだある。
♪汽車の窓から ハンケチ振れば
牧場(まきば)の乙女が 花束なげる
岡本敦郎の歌唱で、作曲は古関裕而だった。
島倉千代子の「襟裳岬」も覚えている。吉田拓郎のではないヤツだ。作曲は遠藤実だった。
♪風はひゅるひゅる 波はざんぶりこ
誰か私を 呼んでるような
作品は永遠に――。
× × ×
東映時代劇のお姫様女優、千原しのぶが2009年11月22日に亡くなった。78歳だった。このところ森繁久弥、水の江滝子と記憶に刻みこんでおきたい人の訃報が相次ぐ。……。
♪赤い夕日が 校舎をそめて
ニレの木陰に 弾む声
舟木一夫が学ラン姿で歌い大ヒットした「高校三年生」の作詞家、丘灯至夫(おか・としお)が2009年11月24日亡くなった。92歳だった。
♪フォークダンスの 手をとれば
甘く匂うよ 黒髪が
歌詞に胸がキュンとなったものだ。昭和38年(1963年)、作曲は遠藤実、その門下生の舟木のデビュー曲だった。
昭和32年(1957年)には初代コロムビア・ローズの「東京のバスガール」も作詞している。こちらの作曲は上原げんと。
♪若い希望も 恋もある
ビルの街から 山の手へ
そういえば、当時ワンマンバスはなく、若い女の車掌さんが乗っていた。「発車、オーライ」。紺の制服を着て切符を渡していたっけ。
× × ×
耳に残る丘の名作がまだある。
♪汽車の窓から ハンケチ振れば
牧場(まきば)の乙女が 花束なげる
岡本敦郎の歌唱で、作曲は古関裕而だった。
島倉千代子の「襟裳岬」も覚えている。吉田拓郎のではないヤツだ。作曲は遠藤実だった。
♪風はひゅるひゅる 波はざんぶりこ
誰か私を 呼んでるような
作品は永遠に――。
× × ×
東映時代劇のお姫様女優、千原しのぶが2009年11月22日に亡くなった。78歳だった。このところ森繁久弥、水の江滝子と記憶に刻みこんでおきたい人の訃報が相次ぐ。……。
2009年11月23日月曜日
鳥羽亮「妖し陽炎の剣」
女の白肌のような京女鬼丸
鳥羽亮の「妖(あやか)し陽炎の剣―介錯人・野晒唐十郎」(祥伝社文庫)を読む。野晒唐十郎シリーズ第2弾。
八月(旧暦)初旬、本所相生町で南町奉行所定町廻り同心と岡っ引きが、妖刀「京女鬼丸」を持つ辻斬りに斬殺された。同夜、浅草諏訪町の米問屋に「大塩救民党」と名乗る賊が押し入り、主人、妻、奉公人を皆殺しにし、千ニ百両が強奪された。翌日、市井の試刀家、小宮山流居合の達人・狩谷唐十郎は二千石の大身旗本、綾部家で試刀を頼まれた。試し斬りに渡されたのは、女の白肌のような優美さを刀身に湛(たた)える京女鬼丸だった……。
目次
・第五章 化身
・第六章 大川残映
唐十郎と辻斬りの対決描写の読み応えがある。
シリーズ第1弾から引き続き、野晒唐十郎のほか、
・試刀や介錯の際の助手、本間弥次郎
・伊賀者の相良甲蔵
・甲蔵の娘で石雲流小太刀の名手、咲
・十手持ちの狢(むじな)の弐平
と馴染みの顔が登場する。
時代背景は、天保8年(1837年)大坂で窮民救済を旗印に蜂起した大塩平八郎の乱から8年後の弘化2年(1845年)となっている。
2009年11月22日読了妖し陽炎の剣―介錯人・野晒唐十郎 (ノン・ポシェット)
鳥羽亮の「妖(あやか)し陽炎の剣―介錯人・野晒唐十郎」(祥伝社文庫)を読む。野晒唐十郎シリーズ第2弾。八月(旧暦)初旬、本所相生町で南町奉行所定町廻り同心と岡っ引きが、妖刀「京女鬼丸」を持つ辻斬りに斬殺された。同夜、浅草諏訪町の米問屋に「大塩救民党」と名乗る賊が押し入り、主人、妻、奉公人を皆殺しにし、千ニ百両が強奪された。翌日、市井の試刀家、小宮山流居合の達人・狩谷唐十郎は二千石の大身旗本、綾部家で試刀を頼まれた。試し斬りに渡されたのは、女の白肌のような優美さを刀身に湛(たた)える京女鬼丸だった……。
目次
・第一章 京女鬼丸
・第二章 三龍包囲陣
・第二章 三龍包囲陣
・第三章 大塩救民党
・第四章 槍と居合・第五章 化身
・第六章 大川残映
唐十郎と辻斬りの対決描写の読み応えがある。
シリーズ第1弾から引き続き、野晒唐十郎のほか、
・試刀や介錯の際の助手、本間弥次郎
・伊賀者の相良甲蔵
・甲蔵の娘で石雲流小太刀の名手、咲
・十手持ちの狢(むじな)の弐平
と馴染みの顔が登場する。
時代背景は、天保8年(1837年)大坂で窮民救済を旗印に蜂起した大塩平八郎の乱から8年後の弘化2年(1845年)となっている。
2009年11月22日読了妖し陽炎の剣―介錯人・野晒唐十郎 (ノン・ポシェット)
2009年11月15日日曜日
鳥羽亮「与三郎の恋」
長身イケメンの銀次
鳥羽亮の「まろほし銀次捕物帳―与三郎の恋」(徳間文庫)を読む。一角流十手術に伝わる特殊な小武器「まろほし」の遣い手で江戸の岡っ引き・銀次が活躍するシリーズ。
・団扇(うちわ)の血痕
・女変化
・怪盗猿(ましら)小僧
・老盗
・魔剣、提灯(ちょうちん)斬り
・与三郎の恋
の6編からなる連作となっている。
シリーズものは登場人物に親近感を抱く。主人公の銀次は長身イケメン独り者の十手持ちで、下谷、池之端界隈では「池之端の親分」「まろほしの親分」と呼ばれ、歳は若いが人に知られる存在だ。母親おそでは小料理屋、嘉乃屋を営む。銀次の手先には、事件のないときは嘉乃屋の板場を手伝う与三郎と、松吉がいる。神道無念流の達人でさびれた道場の主・向井藤三郎と北町奉行所定廻り同心、島崎綾之助などがレギュラー陣である。
「団扇の血痕」は松吉、「魔剣、提灯斬り」は向井藤三郎、「与三郎の恋」では与三郎と、銀次を取り巻く脇役にスポットがあたるスピンオフ的な作品となっている。「怪盗猿小僧」と「老盗」は義賊ともいえる盗人の心情を描いている。
2009年11月14日読了
鳥羽亮の「まろほし銀次捕物帳―与三郎の恋」(徳間文庫)を読む。一角流十手術に伝わる特殊な小武器「まろほし」の遣い手で江戸の岡っ引き・銀次が活躍するシリーズ。
・団扇(うちわ)の血痕
・女変化
・怪盗猿(ましら)小僧
・老盗
・魔剣、提灯(ちょうちん)斬り
・与三郎の恋
の6編からなる連作となっている。
シリーズものは登場人物に親近感を抱く。主人公の銀次は長身イケメン独り者の十手持ちで、下谷、池之端界隈では「池之端の親分」「まろほしの親分」と呼ばれ、歳は若いが人に知られる存在だ。母親おそでは小料理屋、嘉乃屋を営む。銀次の手先には、事件のないときは嘉乃屋の板場を手伝う与三郎と、松吉がいる。神道無念流の達人でさびれた道場の主・向井藤三郎と北町奉行所定廻り同心、島崎綾之助などがレギュラー陣である。
「団扇の血痕」は松吉、「魔剣、提灯斬り」は向井藤三郎、「与三郎の恋」では与三郎と、銀次を取り巻く脇役にスポットがあたるスピンオフ的な作品となっている。「怪盗猿小僧」と「老盗」は義賊ともいえる盗人の心情を描いている。
2009年11月14日読了
2009年11月14日土曜日
森繁久弥 FOREVER
「社長」シリーズ
映画からテレビ、ラジオ、舞台まで。シリアスな芝居から喜劇、ミュージカルまで。主役から端役まで。果てはシンガーソンライターまでこなした戦後芸能史の大立者であり、名優の森繁久弥(もりしげ・ひさや)が2009年11月10日に亡くなった。96歳、老衰だった。あっぱれな大往生だった。
偉大な足跡のほんの一部を振り返って偲びたい。
× × ×
いつも助平心に誘われて浮気の機を窺う社長だが、肝心なときに決まって邪魔が入り浮気は失敗してしまう。森繁久弥が主演した映画「社長シリーズ」は東宝の看板で1956年(昭和31年)から1970年(昭和45年)にかけて33本も製作された。
キャストは豪華だった。
・仕事は出来るが女に弱い社長に森繁久弥
・真面目で融通が利かない秘書に小林桂樹
・慎重な実直な総務部長に加東大介
・宴会好きな営業部長に三木のり平
・取引相手となる日系人(地方の名士なども)にフランキー堺
と芸達者が揃い、役どころをそれぞれがきっちりこなしていた。
社長を取り巻く浮気相手の色っぽいバーのマダムや芸者には、新珠三千代、淡路恵子、草笛光子、池内淳子などが扮した。社長夫人は久慈あさみ。浮気が叶いそうな場面でバレてしまい、森繁がなんともバツの悪そうな表情となる。お決まりのシーンだが、これが絶妙であった。
特に好きなキャラは三木のり平の“宴会部長”だった。「パーっと行きましょう。パーっと」といいながら、宴会をセッティングして仕切る。その宴会でみせる珍芸に腹を抱えて笑ったものだ。森繁も凄いが、のり平も只者ではない。
小林桂樹の恋人(のちに妻)役は司葉子。シリーズ33本のうち23作品のメガホンを握ったのは松林宗恵だった。
× × ×
加東大介、三木のり平、フランキー堺、そして森繁とシリーズの常連が鬼籍に入った。日本経済の高度成長期にときを同じくして咲いた映画の華、その最後の花弁が散った想いがする。
映画からテレビ、ラジオ、舞台まで。シリアスな芝居から喜劇、ミュージカルまで。主役から端役まで。果てはシンガーソンライターまでこなした戦後芸能史の大立者であり、名優の森繁久弥(もりしげ・ひさや)が2009年11月10日に亡くなった。96歳、老衰だった。あっぱれな大往生だった。
偉大な足跡のほんの一部を振り返って偲びたい。
× × ×
いつも助平心に誘われて浮気の機を窺う社長だが、肝心なときに決まって邪魔が入り浮気は失敗してしまう。森繁久弥が主演した映画「社長シリーズ」は東宝の看板で1956年(昭和31年)から1970年(昭和45年)にかけて33本も製作された。
キャストは豪華だった。
・仕事は出来るが女に弱い社長に森繁久弥
・真面目で融通が利かない秘書に小林桂樹
・慎重な実直な総務部長に加東大介
・宴会好きな営業部長に三木のり平
・取引相手となる日系人(地方の名士なども)にフランキー堺
と芸達者が揃い、役どころをそれぞれがきっちりこなしていた。
社長を取り巻く浮気相手の色っぽいバーのマダムや芸者には、新珠三千代、淡路恵子、草笛光子、池内淳子などが扮した。社長夫人は久慈あさみ。浮気が叶いそうな場面でバレてしまい、森繁がなんともバツの悪そうな表情となる。お決まりのシーンだが、これが絶妙であった。
特に好きなキャラは三木のり平の“宴会部長”だった。「パーっと行きましょう。パーっと」といいながら、宴会をセッティングして仕切る。その宴会でみせる珍芸に腹を抱えて笑ったものだ。森繁も凄いが、のり平も只者ではない。
小林桂樹の恋人(のちに妻)役は司葉子。シリーズ33本のうち23作品のメガホンを握ったのは松林宗恵だった。
× × ×
加東大介、三木のり平、フランキー堺、そして森繁とシリーズの常連が鬼籍に入った。日本経済の高度成長期にときを同じくして咲いた映画の華、その最後の花弁が散った想いがする。
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