2014年6月3日火曜日

原貢さん さらば百日紅2

*炭鉱町の無名監督が全国区に__。

♪ 月が出た出た 月が出た
    三池炭坑の 上に出た
    あまり煙突が 高いので
    さぞやお月さん けむたかろう





三池といえば「炭坑節」だ。

もともと福岡県の炭鉱労働者が歌っていた民謡が、
1948(昭和23)年に芸者歌手 赤坂小梅が歌い全国区となった。

コロムビアの小梅のほか
ポリドールの日本橋きみ栄、
テイチクの美ち奴、
キングの音丸と
うぐいす芸者歌手の競作でさらに拍車がかかった。

「炭坑節」が日本中で盛んに歌われたころ
石炭は日本経済の主要エネルギーに君臨していた。

1959年原貢が三池工の野球部指導を始める。
炭鉱町に陰りが忍び寄っていた。

日本経済の主要エネルギー 石炭は、1950年代から60年代かけてその座を石油に奪われることになる。中東での大型油田の発見、大型タンカーの登場により経済性や安全性に優れ、輸送しやすさの面で石炭は石油の後塵を排し、炭鉱は次々に廃鉱への道を歩むことになる。エネルギー革命である。

1960年三池争議が起こった。不況となれば起こるリストラの波。大量解雇をめぐり戦後最大の労働争議に発展した。
1963年には大牟田市の三井三池三川鉱炭じん爆発事故では458名の死者、839名の一酸化炭素中毒患者を出す大事故となった。斜陽に追い打ちをかけることになる。

炭鉱は高度経済成長の日本にあって時代遅れの存在となった。

1965年夏____
そんな暗い話題ばかりに包まれた炭鉱町に
原貢率いる三池工の全国制覇は希望を灯したのだった。

炭鉱町の無名監督は全国区の監督となった。

福岡県大会から咲き始めた百日紅は、
日本一を果たし大牟田に凱旋したときも
褪(あ)せず咲き誇っていた。(文中敬称略)

×     ×     ×  

原貢さんのお別れの会は7月14日東京ドームで執り行われる。
好きな百日紅が咲き始めるころだ。

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