2007年10月10日水曜日

原辰徳:巨人の夜明け後記

 原辰徳のドラフト会議があった1980年(昭和55)は、巨人にとってどんな年だったろうか。
 ペナントレース3位に甘んじ、3年間リーグ優勝から遠ざかった不振の責任を負って長嶋茂雄監督が解任された。世界の王貞治は2割3分6厘、30本塁打、84打点の成績で「王貞治のバッティングができなくなった」と現役引退した。看板のONの異変は、巨人の親会社読売新聞に大きな痛手であった。巨人は最大の新聞の販売促進材料である。
 その2年前のドラフトでは、「江川騒動」があった。ドラフト前日の「空白の一日」をついての巨人入団、ドラフト拒否、すったもんだの末は阪神との間で小林繁との交換トレードとなった。一連の「事件」でイメージを悪化させ、読者の反感を買い読売新聞は部数を減らしている。
 長嶋の後任監督に藤田元司を据え、王助監督と牧野茂ヘッドコーチのトロイカ体制で1981年のシーズンを臨むことになったが、部数低迷の歯止め・巨人人気翳りの阻止・明るい話題提供などの目論見もあり、当時アマ野球界で随一の人気者、辰徳をドラフト指名することはグループあげてとの悲願であった。それが叶った。
 ONの後継者という声も上がった。長嶋が巨人入団した1958年(昭和33)に辰徳は生まれている因縁と守備位置も同じ三塁手であり、マスコミやファンの間では「長嶋二世」との期待もあった。
 が、結果は残酷である。

選手通産成績(シーズン)
・長嶋茂雄 出場試合2186 打率.305 本塁打444 打点1522
・王 貞治  出場試合2831 打率.301 本塁打868 打点2170
・原 辰徳  出場試合1697 打率.279 本塁打382 打点1093
監督成績(シーズン)
・長嶋茂雄 1034勝889敗59分 勝率.538 日本一2回
・王 貞治 1251勝1042敗71分 勝率.546 日本一2回
・原 辰徳 302勝260敗8分 勝率.530 日本一1回

 辰徳の現役時代は巨人4番打者として「ONの重圧」との闘いだった。そして監督なってからもそれは続いているように、思える。選手成績では完敗に終わった辰徳だが、監督での勝負は逆転勝利の可能性を残している。大山詣の縁(よすが)で草野球音は陰ながらに声援を送っている。

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