2007年10月2日火曜日

端正な文体‥藤沢周平

 月が替わったものの、あれからわずか10日しか経っていない。草野球音の身に同じ災いが出来(しゅったい)した。
 澄んだ夕焼け空に秋茜(あきあかね)が飛んでいた。着流しの裾を端折(はしょ)り、深編み笠の浪人風の男が、江戸に通じる裏街道を俯(うつむ)きながら急いでいた。曰くありげな男は球音である。関八州見廻り役がそこに出くわし、誰何(すいか)した。
 「くさのたまね、と申す」
 「ご姓名はどのような字を書くのか」
 「なに、草野球音。くさやきゅうネ。愚弄しおって。偽りの名だな。取り調べてくれよう」
 「けして怪しいものではない」という否や球音は疾走した。裏街道から獣道へと走った。見廻り役も追ったが、見失った。
 その後、球音の消息は杳(よう)として知れなかった。

×  ×  ×
 と、またもやどうでもいい前フリをしたが、陰暦10月を神無月と呼んだ。「無(な)」は「の」の意味の格助詞で、「神を祭る月」、「神の月」が元来の語源だそうだ。
 それが後世になり「無」(なし)に解釈して俗説が生まれた――出雲大社(島根県)に全国から八百万(やおよろず)の神々が集まり、神さまがいなくなる月ということから「神無月」といい、逆に神さまが大集合する出雲の国では「神有月」と呼ぶという。
 月替わり、話題は池波正太郎から藤沢周平*に移る。池波作品は「鬼平」シリーズ(2007年9月29日)にとどめ、折に触れ書かせていただきたい。この蜘蛛巣丸太の主、草野球音は身勝手である。風の向くまま、気の向くまま、筆の向くまま当ても果てしもない旅を続ける。
 つい最近、「暁のひかり」(文集文庫)を読んだ。藤沢作品に外れはない。その魅力はなんだろうか。球音が一番に挙げるのは、文章である。抑え込んだ、淡々として、端正な文体だと思う。さらに登場人物への人間愛が感じられ、それは藤沢さんの暖かさではないか。周到な構成で読みあきない。

 球音の読んだ藤沢作品は、
「用心棒日月抄」シリーズ(新潮文庫=全4作)
  用心棒日月抄・孤剣・刺客・凶刃
「獄医立花登手控え」シリーズ(講談社文庫=全4作)
  春秋の檻・風雪の檻・愛憎の檻・人間の檻
「隠し剣」シリーズ(文春文庫=全2作)
  隠し剣孤影抄・隠し剣秋風抄
「蝉しぐれ」(文春文庫)
「風の果て」(文春文庫・上下巻)
「よろずや平四郎活人剣(文春文庫・上下巻)
「三屋清左衛門残日録」(文春文庫)
「麦屋町昼下がり」(文春文庫)
「秘太刀馬の骨」(文春文庫)
「暁のひかり」(文春文庫)
「たそがれ清兵衛」(新潮文庫)である。

*藤沢周平(ふじさわ・しゅうへい):1927年(昭和2)―1997年(平成9)。山形師範学校卒業後、教師となるが、肺結核に罹患し入院生活を余儀なくされる。その後、新聞社勤務。72年に「暗殺の年輪」で直木賞受賞。人気時代小説家。

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