2012年6月23日土曜日

インカ帝国展:国立科学博物館

空中都市・マチュピチュを旅する3D巨大スクリーンに釘付け――。

 東京・上野の国立科学博物館の「インカ帝国展―マチュピチュ「発見」100年」(2012310日~624日)に、閉幕間際に滑り込んで観る。
 15世紀前半から16世紀後半に繁栄したアンデス文明最後の国家・インカ帝国は文字文化を持たず、後世に伝わる資料などがほとんど残っていないため、その全貌は謎に包まれていた。本展では、インカ帝国の始まりからスペインに支配されたその後までを、最新の研究成果をもとに総点数160点を展示し、たどる。



本展構成
・プロローグ
・第1部:帝国の始まりとその本質
・第2部:帝国の統治
・第3部:滅びるインカ、よみがえるインカ
・第4部:マチュピチュへの旅
3Dスカイビューシアター「マチュピチュ―太陽の聖地」

×  ×  ×

 楽日まで「あと2日」の駆け込み。
 それでも大盛況でした。
 音声ガイドで説明を聴きながら、出品に近づけず、じっくり観れないことをカバーします。が、展示物より(本末転倒でしょうか)、3Dスカイビューシアターに釘付けになりました。
 特殊メガネをかけて観ると、530インチ横幅13メートルの大画面から世界遺産・マチュピチュが迫ってきました。
標高2400メートル。そのさらに、上空からの視点、まさに鳥の背に乗ったような俯瞰(ふかん)の光景は、現地でも観ることができないでしょう。

マチュピチュを「発見」した米国人の探検家、ハイラム・ビンガムって、映画「インディ・ジョーンズ」のジョーンズ博士のモデルなんですって、ね。初めて知りました。

 もうひとつ認識を新たにしたことがあります。高校の世界史授業では、インカ帝国は1533年スペイン人フランシスコ・ピサロの侵略により、13代王アタワルパが処刑され、実質的に消滅したと習いました。おぼろげですが……。そう思っていましたが、征服された後も都クスコにインカ族の末裔は集住し、植民地時代にもインカはそこここに息づいていたようです。

 インカ帝国が繁栄したのは、15世紀前半から16世紀後半です。日本でいえば室町時代です。室町は、1336年足利尊氏が建武式目を制定し、1338年に征夷大将軍に任じ、157315代将軍の義昭が織田信長によって京都から追放されるまでの237年間の時代です。

 先のNHK大河「江」では、尾羽うち枯らして京を去る足利義昭を和泉元彌が演じていました。義昭は本能寺の変で信長が没し豊臣の世になってからも元将軍(大名)として遇されました。

 それに比べアタワルパの最期はなんと悲惨だったことか。
 時代に終焉を告げたトップ2人の運命の差異を感じたのでありますな。

 
×  ×  ×

インカ帝国の栄華を残す空中都市・マチュピチュは100年前のこと。
 19911724日。米国人の探検家、イェール大学のハイラム・ビンガム(1875年―1956年)が初めてマチュピチュの地に足を踏み入れた。ビンガムの「発見」は、世界中に評判を呼び、瞬く間に「謎の空中都市」は喧伝された。
 マチュピチュの人口は最大でも750人と推定され、王族や貴族の離宮だった。
※ビンガムより以前にペルー人によって発見されていたという説もある。1911年は明治44年。
2012621日観覧

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