2010年2月20日土曜日

井上梅次:嵐を呼ぶ男

「うめじ」とばかり思っていました。半世紀の永きにわたり。「うめつぐ」とは訃報で初めて知りました。「うめじ」と「ゆめじ」の夫婦だと……。不明を恥じています。

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 石原裕次郎の『嵐を呼ぶ男』などを監督した映画監督の井上梅次(いのうえ・うめつぐ)2010年2月11日亡くなった。86歳だった。妻は女優の月丘夢路。

 映画、テレビドラマと多作の監督だが、なんといっても石原裕次郎のスーパースターとして地位を確立した『嵐を呼ぶ男』監督として、その存在は燦然と輝く。

・嵐を呼ぶ男
 封切られたのは1957年(昭和32年)12月28日だった。年末からのお正月映画として上映された。当時、映画は最大の娯楽だった。川崎駅にほど近くミスタウンと呼ばれ映画街があった。年末に観た。一回目は立って観て、それから2回目は席が空いたので座って観た。映画館はとんでもなく混んでいた。ドアが閉まらないほど、観客が溢れていた。

 クライマックスシーン。
 右手に白い包帯を巻いたドラマ―の国分正一(石原裕次郎)はドラム演奏を諦め、マイクを握り歌い出した。
 ♪俺らはドラマ― 
  やくざなドラマ―
  俺らがおこれば 嵐を呼ぶぜ
 場内から沸き起こる拍手喝采。チャーリー桜田(笈田敏夫)とのドラム合戦は、正一に軍配が上がった。

 あの裕次郎はかっこよかったなぁ。
「この野郎、かかって来い! 最初はジャブだ…ほら右パンチ… おっと左アッパー…
畜生やりあがったな、倍にして返すぜ……」
 台詞付きの歌詞はこの原作者でもある井上梅次が手掛け、作曲は大森盛太郎だった。

その他の配役
・バンドの女支配人の美弥子に北原三枝
・正一(裕次郎)の弟・英次に青山恭二
・母親に小夜福子
・英次の恋人みどりに芦川いづみ
・ジャズ評論家・左京徹に金子信雄
・チャーリーの恋人でダンサーのメリーに白木マリ

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『嵐を呼ぶ男』を観たのは、草野10歳だった。以来、監督の井上梅次は「うめじ」と読むと思い込んでいたのであります。お恥ずかしい(*^o^*)

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