2007年10月7日日曜日

原辰徳:巨人の夜明けⅢ

 原辰徳の「長い1日」をさらに追う。
 2007年11月26日プロ野球ドラフト会議は、辰徳、石毛宏典(プリンスホテル)と竹本由紀夫(新日鉄室蘭―ヤクルト)が御三家といわれ、ドラフト史上でもまれな豊作年だった。
 午前11時から始まった会議の第1回指名は、
・原辰徳(東海大)に広島、巨人、大洋、日本ハムの4球団
・石毛宏典(プリンスホテル)に西武、阪急の2球団
・竹本由紀夫(新日鉄室蘭)に近鉄、ヤクルトの2球団
・愛甲猛(横浜高)にロッテ
・中田良弘(日産自動車)に阪神
・中尾孝義(プリンスホテル)に中日
・山内和宏(リッカー)に南海が名乗りを上げた。
 抽選外れの1位で広島に川口和久(ディプロ)、近鉄に石本貴昭(滝川高)、日本ハムに高山郁夫(秋田商―拒否でプリンスホテル)、大洋に広瀬新太郎(峰山高)、阪急に川村一明(松商学園―拒否でプリンスホテル)となっている。
 その他でも会議で指名を受けたのは、大石大二郎(亜大―近鉄)、高木豊(中大―大洋)、駒田徳広(桜井商―巨人)、杉本正(大昭和製紙―西武)、弓岡敬二郎(新日鉄広畑―阪急)、井上裕二(都城―南海)、渡真利克則(興南―阪神)と馴染みの顔が並んでいる。

 話題が逸れたので、本題に戻す。
 第1回の指名で4球団が辰徳指名で重複したため、抽選となった。平塚市土屋の東海大合宿所の監督室でテレビを見守る辰徳の心臓は高鳴った。喉が渇き、手に汗をかいた。
 日本ハム・三原脩代表、大洋・土井淳監督、巨人・藤田元司監督、広島・松田耕平オーナーの4人が会場の前列に進み出た。4人の前に抽選箱が置いてある。
 まず日本ハムの三原代表が抽選箱に手を入れ、1通の封筒を引いた。続いて大洋の土井監督。いよいよ希望の巨人の藤田監督。3番目の登場である。最後に広島の松田オーナーがくじを引いた。事務局員の合図で一斉に開封する。
 辰徳はテレビを見ていられなくなった。思わず目をつぶった。心拍数が最高潮に上り詰めた。
 頭の中が真っ白になった。時間が長く感じられた。
 「やったー」という歓声・絶叫が監督室、マネジャー室、報道陣の控える食堂、そして合宿所の外から押し寄せて、轟(とどろ)いた。
 目を開けた辰徳はテレビを見た。そこには1枚の紙を右手で高々とあげた藤田監督の笑顔が飛び込んできた。眼鏡の奥から優しいまなざしを送る視線は、辰徳にそのまま投げかけられたように映った。心の奥底からこみ上げる感動に涙した辰徳が、隣の貢を見ると目が潤んでいる。こんな父をみるのは初めてのことだった。三池工が夏の甲子園で日本一の輝き見せたのは人目もはばからない感涙だが、ここで見たのは人に気づかれないように流した涙だった。 父としての安堵の涙といっていいだろう。
 「おめでとう。よかったな」と貢は短い言葉で祝福した。
 2人は立ち上がった。指名後は速やかに記者会見をすることをマスコミと約束してある。2階の監督室で2人はそっと涙をぬぐった。2階から1階の会見場の食堂に向かう階段を降りると、「巨人軍原辰徳」にカメラの放列から眩(まばゆ)いばかりのフラッシュが一斉に瞬(またた)いた。(つづく)

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