2007年9月22日土曜日

日残りて昏るるに未だ遠し

事始の記
 残照に芒(すすき)の穂がそよいでいた。虚空の一点を見つめながら、齢60を迎えた草野球音は呟(つぶや)いた。
 「駄者ほどよく呆ける」
 
 還暦を機に、長らく勤めた大衆かわら版社の職を辞した。故あって逼塞(ひっそく)することを決めた。金はないが、暇はある。読書と散歩が日課となったが、生来の貧乏性、加えてなにかしなければ呆けるぞとの声も聞く。
 
 そう言えば。。。
 数年前から物忘れがひどくなった。特に人の名前が出てこない。顔は分かっているのに。小骨が咽喉に刺さったような不快感がある。心の奥底に認知症への恐怖心が巣食う。

 忘れたときのために書き留めておきたいことがある、と思い立ったのが蜘蛛巣丸太開設のきっかけである。ご大層に忘れて困るものなどさしてはないが、己の脳みそを己が制御できるうちに、昔のことなどを残してみたい。また書くにあたり、記憶を辿り調べるのもアンチエージングの一助になるかもしれない。温故知新(「痴新」かもしれぬが。。。)への旅となる蜘蛛巣丸太をめざす。
 
 内容は雑観、エッセイ、江戸ノベル風作り話など、形態様式もなんでもあり・雑多で、原稿は長短さまざま。更新は随時、といたって勝手気ままなものになるだろう。

 愛読書の藤沢周平さんの「三屋清左衛門残日録」に影響を受け、「日残りて昏(たそが)るるに未だ遠し」の心境で、「草野球音備忘録」を認(したた)めていこうと思う。
                                      

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