2009年4月28日火曜日

佐々木譲「笑う警官」

文庫化で改題

 佐々木譲の「笑う警官」(ハルキ文庫)を読む。
 シロイヌである。緊迫感あり、軽快なテンポで読ませる。

 札幌のマンションで美人巡査、水村朝美が殺された。容疑者となったのは交際のあった津久井卓巡査部長だった。やがて津久井に射殺命令が出る。彼はかっての同僚、佐伯宏一警部補に救いを求める。
 佐伯は津久井を信じ、濡れ衣を晴らすために立ち上がる。捜査本部には極秘裏に始まった真犯人探し。ただし、タイムリミットは翌朝。緊迫した状況で、佐伯と仲間たちが真犯人に迫っていく。

 単行本「うたう警官」を文庫化にともない改題した。「うたう」は組織を売る、リークするという警察の隠語だそうだ。

 佐々木譲は「あとがき」(文庫版を改題した事情について)で書いている。
~映画化が決まったときに、版元である角川春樹事務所の角川春樹顧問から、改題してはどうかと打診をいただいた。新タイトルは『笑う警官』である。
 映画のタイトルだけ変えるという手もあるが、いっそ文庫化にあたって原作のほうを改題するのが合理的かと考え、『笑う警官』と改題した。

×  ×  ×

 角川春樹が監督指揮を執り映画化される。角川は1997年の「時をかける少女」以来11年ぶりのメガホンとなる。
 佐伯宏一に大森南朋、津久井卓に宮迫博之、佐伯を支える女性警察官、小島百合に松雪泰子のキャストで、2009年秋の公開予定。
2009年4月26日読了

2009年4月23日木曜日

ちょいmemo:宮崎友禅斎

友禅の祖

 宮崎友禅斎って御仁を知っていますか?

 友禅の祖といわれる人なのです。
 不明を恥じるばかりですが、「トラッドジャパン」を観るまで知りませんでした。「トラッドジャパン」はNHK教育テレビで4月から始まった語学番組です。毎週火曜日の夜11:10から20分間、日本の文化を英語で表現、紹介しています。第1回が「すし」、2回目が「広重」で第3回が「友禅」でした。火曜日朝の再放送分(6:40~7:00)を観るようにしています。
 こんな文章がありました。
The yuzen dyeing process is named after Miyazaki Yuzensai, an extremely popular fabric painter during the Edo period.
(友禅という染色技法の名は、江戸時代に大評判となった絵師、宮崎友禅斎にちなんでいる)

 宮崎友禅斎を、フリー百科事典「ウィキペディア(Wikipedia)」を閲覧し要約する。
「宮崎友禅斎は江戸前期から中期に京都で活躍した扇絵師。来歴不明で出家したいう。京都・知恩院前に住んでいた友禅斎は「友禅」と号し扇絵の達人を名声を博した。後に扇絵の手法を小袖に用いて評判となる。正徳2年ごろに加賀の前田家に招かれ、金沢で加賀友禅の発展に尽力し、その地で没す」
 ※正徳年間は1711年~1715年。
 草野球音の「ちょいmemo」(覚え書)に「宮崎友禅斎」を入れておきたい。

×  ×  ×

 dyeingとdyingは同じ発音です。
This form of dyeing is a dying art.
(この染織法は失われつつある技法だ)
a dying craftman(死にかけている職人)とa dyeing craftman(染色職人)なんて、まぎらわしいですね。

2009年4月18日土曜日

刑事・鳴沢了「被匿」

西八王子署に飛ばされた

 堂場瞬一の「刑事・鳴沢了シリーズ」第8弾「被匿」(中公文庫)を読む。
 第7弾の「血烙」ではニューヨーク市警で研修をしていた鳴沢了は、ニューヨーク、アトランタ、フロリダと事件を追い、ひと騒動を起こした。そのペナルティ含みの人事異動で今度は西八王子署へと飛ばされた。そこには、全くやる気のない連中がたむろしていた。管内で代議士が不審死したが、捜査もろくにせず事故死と片付けられようとしていた。苛立つ鳴沢に地検から、死んだ代議士が大規模収賄事件で事情聴取される予定だったとの情報が入った。
 新潟署時代に縁があった東日新聞の記者で、小説を書く男、長瀬龍一郎が再登場する。
 代議士の死とその小説のつながりとは――。



 長瀬龍一郎が「鳴沢了シリーズ」に登場したとき、読売新聞社勤務の経験がある堂場瞬一の分身かと思ったが、どうやら草野の推理は外れだったようだ。小説のなかの架空のキャラクターであった。
2009年4月17日読了

2009年4月17日金曜日

阿修羅に天平の可憐さ

 東京・上野の東京国立博物館・平成館で人気の「興福寺創建1300年記念 国宝 阿修羅展」(3月31日~6月7日開催)を観る。

 阿修羅像をはじめとする八部衆立像(迦楼羅など8体、国宝)、十大弟子立像(現存6体、国宝)が史上初めて奈良の興福寺外で揃って公開されている(但し14体揃っての展示は4月19日まで)。また、中金堂鎮壇具や再建される興福寺中金堂に安置する薬王菩薩と薬上菩薩の両像も展示している。

 展示は、
・第1章 興福寺創建と中金堂鎮壇具
・第2章 国宝阿修羅とその世界
・第3章 中金堂再建と仏像
・第4章 バーチャルリアリティ(VR)シアター「再建中金堂と阿修羅像」
の4部構成になっている。

 阿修羅像は八部衆の1体で、八部衆像と十大弟子像は、光明皇后が天平6年(734年)に亡き母、橘三千代の一周忌供養のために造った。
 特に今回の展示では、3つの顔と6本の腕を持つ阿修羅像を360度の全方位から鑑賞できるのも魅力だった。胴体も腕も細く華奢な像に可憐さが漂っていた。あの細身で、1300年の時を超え立ち続けている姿に深く感銘した。

×  ×  ×

 大変な賑わいだった。もう少しゆったり観られるとよいのだが‥‥。いや、欲は言うまい。天平文化の真髄に目の保養ができたのだから。
 蛇足ながら、音声ガイドはいつまでも可憐さを失わない女優、黒木瞳だった。
2009年4月16日観覧

2009年4月14日火曜日

あの名台詞:絶景かな

  桜もお終(しま)いか。

 ガキの頃、高いところに立つと「絶景かな、絶景かな」と意味(出典)も知らず口走っていた。
 屋根の上でデカイ鬘(かつら)をつけた派手な着物の男が、煙管を吹かしていた――あれが大泥棒の石川五右衛門で、あの屋根は京都・南禅寺だと知ったのは、恥かしながら、高校に入ったころだった。
 
絶景かな、絶景かな
春の眺めは値千金とは小せえ、小せえ
この五右衛門の目からは、値万両、万々両

歌舞伎の「楼門五三桐」(さんもんごさんのきり)だ。石川五右衛門が南禅寺の山門の屋上で、夕暮れ時の満開の桜を眺める場である。

 春は宵である。蘇軾(そしょく、蘇東坡=1036年―1101年)も詠んでいる。

 春宵一刻値千金
 花有清香月有陰
 歌管楼台声細細
 鞦韆院落夜沈沈

 歌管=歌と楽器の音。
 楼台=高殿。
 「鞦韆」(しゅうせん)とはブランコで、院落は中庭のことだそうだ。

 滝廉太郎(1879年―1903年)の作曲で有名な「花」には、「春宵」から引用したと思われる、こんな歌詞がある。「春のうららの隅田川」の三番である。作詞は武島羽衣(1872年―1967年)。

 ♪錦おりなす 長堤に
 くるればのぼる おぼろ月
 げに一刻も 千金の
 ながめをなにに たとふべき

 ところで、映画だが、石川五右衛門役を市川雷蔵が「忍びの者」で演じている。
・忍びの者(1962年大映=山本薩夫監督)
・続・忍びの者(1963年大映=山本薩夫監督)
・新・忍びの者(1963年大映=森一生監督)
 市川雷蔵主演の「忍び者」シリーズは、石川五右衛門で3作、霧隠才蔵を主人公に4作、オリジナル忍者で1作と、全部で8作品撮られている。

 江口洋介が石川五右衛門を、大沢たかおが霧隠才蔵を演じる映画「GOEMON」(紀里谷和明監督)が5月1日から全国ロードショーとなる。

×  ×  ×
 「春は宵」と書いたが、清少納言の「枕草子」の冒頭では、「あけぼの」を推薦?している。

 春はあけぼの。
 やうやうしろくなりゆく 山ぎはすこしあかりて
 むらさきだちたる 雲のほそくたなびきたる

 さて、あなたは「宵派」それとも「曙派」?

 かくて花は散り、春は往く‥‥。

2009年4月12日日曜日

ぶら散:書は奥が深い

 ぶらり散歩に出る。JR川崎駅前の「アートガーデンかわさき」で「書陵展」(4月7日~12日)を観る。この書道の展覧会は毎年春めいた時期に行われている。実は書をやるカミさんが毎年出展しているので、その縁(よしみ)でリピーターとなっている。

 書は奥が深い。
 書知らずの野暮天、草野球音が勝手に解釈すると、まず初心者は文字の模倣から始まり、習熟度を増し、最終的には自分の精神、想いの丈を文字に託すようになる。極めて行くと、書は芸術の域に達するのではないか。
 極めた書を観ると、癒しの世界にどっぷり浸かり、リラックスできるのだ。

・響(むかう)
・飛鶴
・五風十雨
の3点が印象に残った。闊達で躍動感があった。

 五風十雨とは、5日に一度風が吹き、10日に一度雨が降るの意。天気が順調で農作に都合がよいこと。世の中が安泰であることだそうだ。
2009年4月9日観覧

2009年4月11日土曜日

あの名台詞:壷坂霊験記

*4月10日は天皇、皇后両陛下のご結婚記念日で、今年2009年はアニバーサリーの50年、金婚式にあたる。

×  ×  ×
 壷坂霊験記という浪曲を知っているだろうか?

妻は夫を労わりつ、夫は妻を慕いつつ
頃は6月中のころ、なつとはいえど片田舎
木立の森も いと涼し

 ガキの頃、唸って喜んでいた。上記の台詞が浪曲「壷坂霊験記」の出だしだ。浪花亭綾太郎(なにわてい・あやたろう1889年―1960年)の十八番である。
 「壷坂観音霊験記」は、盲目の沢市と美しいお里の夫婦愛を描いた明治期に作られた浄瑠璃だ。
 お里がこっそり壷坂寺にお参りに行っているのを、沢市は男でも出来たと邪推するが、実は自分の目を治すために願をかけていると知る。お里に詫びる沢市だが、それほどまでに愛を尽くす妻に報いられず悲観し、死んだほうが妻のためと谷に身を投げる。谷底で沢市を見つけたお里も後を追って身を投げる。そこに観音様が現れ、二人は息を吹き返す。そして、沢市は目が見えるようなるというストーリーだ。
 浪曲はこの浄瑠璃を題材したもので、盲目の浪曲師、浪花亭綾太郎が唸ると、沢市とオーバーラップし聴き手に迫ったという。

×  ×  ×
 壷阪寺は別名、南法華寺といわれる奈良にある真言宗の寺院。本尊の十一面観音は眼病に霊験があると言われている。

2009年4月9日木曜日

あの名台詞:多羅尾伴内



*4月8日は、「忠犬ハチ公の日」だそうだ。ハチは飼主が亡くなった後も渋谷駅で帰りを待ち続けた健気な犬だ。1935年(昭和10年)3月8日に死亡したハチを偲び、命日の翌月4月8日に毎年行われている。数えて74回目の慰霊祭が、今年も渋谷駅のハチ公前で催された。
 このハチと飼主の物語がハリウッドスターのリチャード・ギア主演で映画化され、8月に公開される。題名は「HACHI 約束の犬」(監督・ラッセ・ハルストレム)。ギアは周防正行監督、役所広司主演の「SHALL We ダンス?」も「SHALL We Dance?」(2004年)としてリメイク映画の主演をしている。
 「ハチ公物語」は日本では1987年映画化(神山征二郎監督)され、仲代達矢が主演した。ギアの「HACHI 約束の犬」は仲代とは違う味わいがあるはずだ。


×  ×  ×
 映画の印象は主演スターの魅力に負うところが大きい。

 鞍馬天狗は嵐寛寿郎、座頭市は勝新太郎、渡り鳥は小林旭、寅さんは渥美清。そして、多羅尾伴内は片岡千恵蔵でなくてはならない。千恵蔵の映画に感化された少年たちがこぞって覚えたのが、あの名台詞だった。


七つの顔の男じゃよ。
ある時は私立探偵。
ある時は片目の運転手。
またある時は気障な中国人。
またある時はインドの魔術師。
しかしてその実体は、正義と真実の使徒、藤村大造!

 「多羅尾伴内」シリーズは、七つ顔を持つ男が登場し、難事件を解決する超娯楽ミステリーだ。大映で4作、東映で7作製作し、大当たりした。多羅尾伴内は眼鏡に口ひげのとぼけた老私立探偵で、七変化のひとつのキャラクターだ。犯人を追い詰めた最後の場面(クライマックス)で、変装を解きながら種明かしをする。その台詞が「ある時は‥‥」である。台詞のあと、二挺拳銃を構えた藤村大造と悪人どもの銃撃戦となり、藤村が勝利する。
 話の筋は荒唐無稽で、千恵蔵がどんなに変装しても、どのキャラクターも千恵蔵であることは一目瞭然なのだ。でも面白く、少年は熱狂した。草野球音は専ら東映作品を観たクチだ。このあたりの件は、林家木久扇の声帯模写つき新作落語「片岡千恵蔵伝」に詳しい。

 シリーズ11作品のラインアップ。
・七つの顔(1946年大映=松田定次監督)
・十三の眼(1947年大映=松田定次監督)
・二十一の指紋(1948年大映=松田定次監督)
・三十三の足跡(1948年大映=松田定次監督)
・片目の魔王(1953年東映=佐々木康監督)
・曲馬団の魔王(1954年東映=佐々木康監督)
・隼の魔王(1955年東映=松田定次監督)
・復讐の七仮面(1955年東映=松田定次監督)
・戦慄の七仮面(1955年東映=松田定次・小林恒夫監督)
・十三の魔王(1958年東映=松田定次監督)
・七つの顔の男だぜ(1960年東映=小沢茂弘監督)

 小林旭が東映で多羅尾伴内シリーズを受け継ぎ主演したが、当たらなかった。テレビでは高城丈二の多羅尾を観たことがある。

×  ×  ×※敬称略。文章中に事実誤認、赤字などありましたら、ご指摘くだされば幸いです。随時、加筆・訂正しております。七つの顔 [DVD] COS-036


 
 

2009年4月7日火曜日

あの名台詞:三人吉三

  米大リーグのヤンキース松井秀喜が2009年4月6日、開幕のオリオールズ戦に4番DHで先発出場し、今季1号2ランを放ち日米通算445号とし、恩師である長嶋茂雄の記録を超えた。

 こんな時によく使う「春から縁起がいい」というフレーズは、歌舞伎の「三人吉三廓初買」(さんにんきちさくるわのはつがい)が出典で、「三人吉三巴白浪」(さんにんきちさともえのしらなみ)ともいわれ、「三人吉三」と通称される。
 三人吉三は、「お嬢吉三」「和尚吉三」「お坊吉三」の3人の盗賊が登場する白浪物で、特に「大川端庚申塚の場」におけるお嬢吉三の台詞が耳に親しんでいる。大川端(隅田川)のほとりで夜鷹を川に突き落とし百両を手にして吐く。

月は朧(おぼろ)に白魚の 
篝(かがり)も霞む春の空
~中略~
竿の雫(しずく)が濡れ手に泡 
思いがけなく手に入る百両
ほんに今宵は節分か 
西の海より川の中 
落ちた夜鷹は厄落とし
豆沢山の一文の 銭と違って金包み 
こいつぁ春から縁起がいいわい

 「三人吉三」の作者は、「青砥稿花紅彩画」(あおとぞうしはなのにしきえ)の河竹黙阿弥(1816年―1893年)である。リズミカルな七五調の台詞が心地よい。

 映画では市川雷蔵、美空ひばりが「お嬢吉三」を演じている。
・市川雷蔵「お嬢吉三」(1959年大映=田中徳三監督)
・美空ひばり「ひばり十八番お嬢吉三」(1960年東映=佐々木康監督)

2009年4月5日日曜日

あの名台詞:遠 山 桜

*片岡千恵蔵の「遠山の金さん」について書く。「判官シリーズ」といわれる作品は、東映時代劇の定番だった。

じたばたするねぇ。
背中に彫った桜吹雪、
散らせるもんなら散らしてみろぃ
 千恵蔵御大が唸るように吐く。これも名台詞であった。
 
 「goo映画」サイトで片岡千恵蔵の項を調べてみると、
・いれずみ判官1950年
・女賊と判官1951年
・飛っちょ判官1952年
・血ざくら判官1954年
・荒獅子判官1955年
・喧嘩判官1955年
・長脇差奉行1956年
・海賊奉行1957年
・はやぶさ奉行1957年
・火の玉奉行1958年
・たつまき奉行1959年
・江戸っ子判官とふり袖小僧1959年
・御存じ いれずみ判官1960年
・さいころ奉行1961年
・さくら判官1962年
などの数多い「遠山の金さん」作品があった。

 「遠山の金さん」こと、遠山金四郎景元(左衛門尉景元=さえもんのじょうかげもと=1793年―1855年)は実在の人物で、天保年間に江戸北町奉行、のちに南町奉行を務めた。青年期に放蕩し、彫り物を入れたという。

×  ×  ×
 蛇足ながら、現代劇だが、台詞回しが時代劇調の「多羅尾伴内」のシリーズもあったなぁ。

2009年4月2日木曜日

津本陽「幕末剣客伝」

壬生狼の維新

 津本陽の「幕末剣客伝」(双葉文庫)を読む。
 天然理心流と北辰一刀流を修めた新選組の密偵、中島登の維新前後の生き様を描いている。京、甲陽鎮撫隊での甲州勝沼、会津の地蔵堂、蝦夷の箱館五稜郭と戊辰戦争の白刃を戦い抜いた男が、明治維新から5年、浜松宿に現れる――。
 剣の立会いシーンは、さすが津本陽の描写力で迫力があり、激動幕末の回想と維新の現在が、ストーリー展開でバランスよく交錯している。
2009年4月1日読了

×  ×  ×

 「幕末剣客伝」の主人公である中島登(なかじま・のぼり)は、初めて聞く名でした。ところで、新選組といえば、三橋美智也の歌ですな。作詞・横井弘、作曲・中野忠晴の「あゝ新撰組」は1955年(昭和30年)の作品です。三橋のつやのある美声が懐かしい。
 ♪加茂の河原に 千鳥が騒ぐ
  またも血の雨 涙雨
 三番の歌詞は、
 ♪菊の香りに 葵が枯れる
  枯れて散る散る 風の中
一番の最後の歌詞は「新撰組は今日もゆく」と颯爽としていましたが、三番になると、その壬生狼の行く末を暗示するように「新撰組は何処へゆく」となるのですな。
 なお「新選組」ですが、「新撰組」という表記もあります。